偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
口を滑らせて
「……また失敗だわ…」
オリビアは真っ黒になった調合鍋を見て、もう何度目かも分からないため息をついた。
「結構難しい課題だからね。仕方がないよ」
ハヤトが慰めるように言う。
「そういえば、どうしてハヤトは出来たのよ」
「僕は先生の手本見た時の1回で覚えたよ」
「………」
「あ、拗ねた」
「別に」
「可愛いな」
「はぁ……腹立つ…」
「もう1回やってみよう」
「……あなたは帰ってもいいのよ?私の課題なんか見ててもつまらないでしょう」
「何時間でも付き合うよ」
ハヤトは微笑んで答えた。
「………そう」
オリビアは照れを隠してわざとそっけなく答えて、鍋に向き直る。何度も同じ所でミスをするが、気付いていない。見かねたハヤトが、彼女の後ろから手を添えて、一緒に作業を始めた。
「や、やめてよ」
驚いて振り向く。
「いいから。ほら、今だよ。青い液体入れて」
「えっ、あっ、はい」
言われた通りにすると、今まで見た事のない状態に変化した。泡立ちが違う。成功の兆しが見えてきた。
「わ、凄い…」
「慌てず、しっかり混ぜて……」
ハヤトの手が、オリビアの手に重なる。
「こうすれば早く溶けるよ」
耳元で囁かれる低い声と吐息にドキッとしたオリビアは、慌てて言った。
「あっ、あとは自分でやるから」
「分かった」
ハヤトが手を離す。オリビアはホッとして、再び課題に取り組んだ。
***
「出来た……」
達成感を噛み締める彼女を、「お疲れ様」とハヤトは労った。2時間にも及ぶ作業になったが、アドバイスを受けてからは早かった。オリビアは、結局ハヤトに手伝って貰っていた事に気がつき、少し落ち込んだ。
「ハヤト…ありがとう。でも、最後まで自分の力でやりたかったわ」
「君は本当に真面目なんだな」
ハヤトがクスリと笑う。
「ハヤトに教えてもらわないと出来ないなんて、情けない。プライドが許さないのよ」
オリビアは拗ねたように口を尖らせた。
「そんなことないさ。何度もつまずくよりも、1度教わって次に行った方がうまくいく事もあるんだよ」
「…ええ…そうかもしれないわね」
そう言って、調合用の鍋からボトルへ液体を移していく。片付けを全て終え、残った紅茶を飲み干した。
「結構時間かかっちゃったけど、なんとかなって良かった。申し訳無いわね」
オリビアは、笑顔を見せた。ハヤトに教わるのはなんだか負けを認めた気がして、本当は嫌だった。それでも、最後まで付き合ってくれた事に感謝した。
「いいよ。じゃあ、帰ろうか」
「ええ。楽しかっ…………………」
ハッとして、口をつぐんだ。慌てて口に手を当てる。ハヤトが目を丸くした。
「………え、今なんて…?もう一回聞きたいんだけど…」
「なんでもない」
顔を赤くして否定したが、遅かったようだ。
「ねぇ、お願い。聞かせてくれないか?」
「絶対イヤ!」
必死に首を振るオリビアだが、ハヤトは諦めなかった。何度も聞いてくるハヤトに耐えきれなくなり、ついに折れてしまう。
「……もう!分かったわよ!楽しかったです!これで良い!?」
「ちゃんと言って。どうして?誰と何をして楽しかったの?」
「しつこいっ!だから、ハヤトと一緒に勉強したのが楽しかったのっ!もういいでしょ!!」
顔を真っ赤にしてヤケになって叫ぶ。
「うん。嬉しいよ。僕も楽しかった」
ハヤトは満足げな表情を浮かべた。
「はぁ……最悪だわ」
自分の発言を後悔し、おでこの汗を拭う。
「最高だな…あぁ、そうだ。まだ貰ってなかったね。早くちょうだい」
「え?何を?」
ハヤトはニヤリとして、自分の頬をトントンと指差した。
オリビアにその仕草の意味が分かってしまった。