偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
諦めさせない
「…僕はね、オリビアのそういう所が好きなんだよ」
ハヤトは静かに言った。
「……?」
「自分には到底及ばないような、遥か高みの存在に向かって、それでも一生懸命食らいついていく。その相手が僕じゃなかったとしてもね。そういうところに惚れたんだ」
「どうして?かっこ悪いでしょう。私は自分の必死さが好きになれないの。私も才能を持って生まれてみたかったわ。いつも余裕そうなあなたのように」
──知的で聡明なマリア先生のように。
「そんなにいいもんじゃないよ」
「そんな事ないわよ。あなたは私が欲しいもの、全部持ってる」
オリビアがそう言うと、ハヤトは少し微笑んでから、窓の方を見て話し始めた。
「僕は…小さい頃から魔法が使えて、1度聞けばすぐにどんな魔法も使いこなせる僕を、皆が天才だと特別扱いした。でもそれは、いい意味では無かったんだ」
「……」
「前の学校はね、ここと違ってかなりの少人数制だったんだよ。魔法学も無くて。同調圧力も強いから、人と違う僕を周りは不気味がった。まぁ、この性格だからというのもあるかもしれないけど。一言で言うと、嫌われてた」
ハヤトは笑っているが、寂しげにも見える。授業で妨害されたり、薬草を盗まれたりしても慣れているから気にしないと言っていたが、どれだけの嫌がらせを受けていたのだろうか。
「あ…あなた、揉め事起こして転校したって…」
「起こされたんだよ」
「そんな…」
思ってもいなかった彼の過去に、開いた口が塞がらない。
「でもさ、良かったよ。プロピネスの皆は、優しいし。だけど僕を一見普通に受け入れてくれる人たちにも、どこか遠慮がちな所を感じる」
「確かに、皆あなたに一目置いてるわ。いい事じゃないの?」
「僕は別に賞賛の言葉はいらないんだ。そして君も知っての通り、ここでも嫌がらせはゼロじゃなかった。だからね、正直最初は君もきっと仕返しみたいなことをするんだろうなって思ってた」
「さ、さすがにそんな事はしないけど…」
「だろ?君はどんな事をしてくるんだろうと思っていたのに、いつまで経っても君、全然何にもしなかった。どれだけ負けても、自分の力だけで僕に立ち向かってくれた。それが、僕は初めてで、嬉しかったんだよな」
「……」
「だから、オリビアが図書館で頑張る姿を見るのが好きなんだ。かっこ悪いなんて思う訳ないだろ。失敗してもめげずに立ち上がる君を。ツンとすましてるだけかと思いきや、誰も見てない所でなりふり構わず必死になって、上手くいったら大喜びするのが隠せない君を…」
1度離した羽根ペンを、ハヤトに再び握らされる。その上に、彼の手が優しく重なる。
「僕に敵わないって本気で思ってたら、応援なんてしないよ」
気が付いたら涙をこぼしてしまっていたオリビアを励ますように、ハヤトはぎゅっと彼女の手を握りしめた。
「君は、凄いよ。僕に劣等感を抱いたりしなくてもいいんだ。前も言ったろ。尊敬してるんだ。オリビアは十分、僕に無いものを持ってるよ」
「……ありがとう」
オリビアが小さくつぶやくと、彼はテーブルを回り込んで近付いた。
「オリビアは可愛いなぁ。自信持っていいのに」
ハヤトに抱き寄せられる。オリビアは素直に彼の腕の中に収まった。抗う理由が思いつかなかった。
***
オリビアが落ち着いたところで勉強を再開し、難しさにギブアップしたところで、お開きになった。紅茶の残りを飲む。冷めていたがスパイスのおかげか、体が温まっていく。
「さっきはごめんなさい、取り乱してしまって」
「そんな時もあるさ。僕こそ、これ。とっちゃってごめんね」
奪われていたボトルを返される。
「あ、そうだった…どうも」
いつの間にか目的を忘れて過ごしていた事に気が付く。
「オリビア、来てくれてありがとう」
「ええ、こちらこそ。紅茶も美味しかったし…ありがとう」
「…ああ」
「これ、寒い時期にぴったりね。ぽかぽかする。作り方教えてね……今度」
「もちろん」
──なんだか、ぽかぽかを超えて暑いような気もするけど、外は寒いからちょうどいいか。
ワンピースに上着を羽織って帰り支度をする。彼の魔法薬が並んだテーブルを通り過ぎて、玄関のドアノブを握る。
「……………あの」
「なんだい?」
オリビアは足を止めた。ソワソワと髪を触る。
──OKしてしまおうか。暴走もされなかったし、彼を嫌がる理由が、もう見当たらない。
「あのね、私………あの…………」
「?」
ハヤトが不思議そうに見てくる。
「……た、楽しかった!また学校でね!」
「えっ、うん」
「お邪魔しました!」
やっぱり、言えない。オリビアは逃げるように玄関のドアを開けて、駆け出した。
しかし、数歩走ったところに、何かが立っていた。