偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
後悔と紅茶
朝の柔らかな日差しが顔に降り注ぐ。いつもとは違う位置の窓からのそれに違和感を感じてオリビアは目を覚ました。ここがどこだか一瞬考え、ゆうべの事を思い出して飛び起きる。
(え…?)
信じ難い記憶を夢だと思いたくて毛布をめくると、何も着ていない自分の体が現れた。胸元には、消えかかっていた痕が再びくっきりと濃く浮かび上がっているのが見える。2日前、勝負した時につけられたキスマークだ。その赤い花はひとつだったはずなのに、無数に散らばって咲いていた。
「え?うそ?」
徐々に冴えてくる頭で、昨日の情事をひとつずつ思い出していくと、それに比例するように顔が青ざめていった。
「私、なんて事を…!!」
(ハヤトと…最後まで?どうして、抵抗しなかったの!?しかも、自分からも求めていた気がする…嘘だ、嘘でしょう?あれ、ちょっと待って、私、好きだって言っ…)
さらに顔面蒼白になって、大パニックのままベッドから転げ落ちるようにして降りた。床に散らばっている服の中から下着を探し当て、震える手で急いで身に付ける。
(そういえば、ハヤトは?どうしていないの?いえ、そんな事今はどうでもいいわ。それよりも昨日の私は、どうしちゃったの!?)
ピンク色のワンピースを一旦手に取るが、それを着ずにカバンから制服を引っ張り出す。
(あんなに長居しないって決めていたのに。私、ハヤトに抱かれたの?これは現実?ゴブリンに襲撃された後で、気持ちが高ぶっていたのかしら。ハヤトにほだされて、流されちゃった?)
スカートを履きながら、目をあちこちに動かす。どうして、どうして。
(ハヤト、どこに行ったの?いや、まだ帰って来ないで欲しい。彼になんて言おう。昨日言った事、した事、全部覚えてたらどうしよう)
オリビアは窓から外を見るが、ハヤトは見えない。
──昨日はなんだか、不思議な程何も考えられなかった。でも、あれが、私の本心?私、本当はハヤトとしたかったの?だけどそれにしたって、いくらなんでもあれは自分とは思えない。きちんとお付き合いを始めて、それから順番に段階を踏むべきじゃないの。それだけは嫌だったのに。先に体の関係を持つのだけは許せないから今まで彼を遠ざけ続けてきたのに。
居てもたってもいられずウロウロと歩き回っていると、彼のキッチンの紅茶セットが目に入った。
「…ちょっと、落ち着こう」
ティーポットには、昨日の紅茶が少し残っている。オリビアはカップに注ぎ、仕上げの材料を探した。しかし、近くには見当たらない。
「ハヤトが言ってたスパイスはどこかしら…」
勝手にあちこち開けるのも良くないか、と、そのまま飲み始める。スパイスが無くても、充分美味しい。
「…ふぅ」
座って、もう一度昨晩の事を考える。無理矢理ではなかった。いいと言ったのは自分だ。だから、責任は自分にある。
ハヤトは優しかった。何度も好きと言ってくれた。
──だったらもう、別にいいか……?
勢いで決めるのは良くない気もするが、これで断ったらハヤトを傷つけてしまう。まだ心に引っかかりが無い訳ではないが、もう答えを出す時が来たのかもしれない。
よし、ハヤトときちんと話そう。あんな雰囲気での言葉じゃなくて、冷静な今の自分の気持ちを伝えよう。オリビアがそう決意すると、タイミングよく扉が開いた。