偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

譲らない2人、通らない妥協案



同じ学年の人たちがハヤトを持ち上げる一方で、どことなく恐れる理由がようやく分かった。ハヤトの怒った目は、相手を心底震え上がらせる。レイも彼が怖いはずなのに、何故か勉強会をやめようとはしない。

(レイくん、もうそろそろ、飽きてくれないかしら。ハヤトが機嫌悪いと私が大変なのよ…)

オリビアが勉強会を憂鬱に思い始めていたある日、放課後にハヤトが教師から呼び出された。優秀な彼はたまに用事を頼まれる事があった。教壇へ行き、何か話している。

(まずい。これで私だけ勉強会へ行ったら、何も無くても絶対にハヤトは怒り狂う。今日は、忘れたフリしてすっぽかしてしまおう)

魔法学の教科書をカバンに入れて帰ろうとした時、教室の入口に最近よく知っている髪色の生徒が立っていた。瞳と同じ青みがかった灰色の髪を、今日は後ろで1つに結んでいる。

(うっ、来ちゃった…)

「オリビア先輩!迎えに来ましたよ」

笑顔で自分を待つレイの所へ、仕方なく駆け寄る。チラリとハヤトを確認してから、スライドドアに手をついて、廊下側に立つレイに小声で話す。

「レイくん…ごめんなさい、今日はハヤトが来られなくて…」

「え?僕別に、オリビア先輩がいればそれでいいんですが」

「そうじゃなくて、2人だとちょっと彼がいい気しないみたいで」

「あぁ…そんなつもりないって、言ってるのに。オリビア先輩、さてはあの人の言いなりですね?」

レイは、全て分かっていますよ、とでも言いたげに、目を光らせた。

「そんな事は無いけど…」

「昨日も強く言われてて、先輩がかわいそうでしたよ。いつもそうなんですか?僕がガツンと言ってあげましょうか」

「違うわ、確かに昨日はびっくりしたけど、いつもじゃないの。とりあえず今日の勉強会はお休みという事で…」

言いかけると、レイの表情はみるみる暗くなった。

「うーん…オリビア先輩がいないと、学年末テストが不安なんですよね…僕も表彰、されてみたい。初めて候補になったから、チャンスを逃したくないんですよ」

「あ…」

──そう言われると、断りづらい。 どうしよう。

ハヤトの事さえ無ければ、オリビアも自分を慕ってくれる可愛い後輩と楽しく勉強出来ていたはずだった。本当は、無下にしたくない。
そこでオリビアは、ひらめいた。

「そ、そうだ!図書館じゃなくて、宿舎の中にある図書室の方でやらない?あそこなら人も多いし、ハヤトも納得してくれるかも」

そもそもオリビアが人気の無い図書館を好む理由は、勉強している姿を見られたくないからであった。宿舎の図書室なら、生徒たちで賑わっているはずだ。2人きりでなければ彼も許してくれるはず、と彼女は考えた。

(何で私がハヤトの許しを貰わないといけないのかは分からないけど…)

「どっちでもいいですよ」

「ええ、じゃあ、行きま────」

教室から一歩踏み出そうとした時、オリビアの前にいるレイに影が出来た。背の高い誰かが自分の後ろに立っている。

「ひっ……」

振り返って息を飲む。先生との話が終わったのか、いつの間にかハヤトがこちらに来ていた。

「オリビア、行かないで」

無表情のハヤトに腕を掴まれる。

「まっ、待って。今日はあなた、用事があるんでしょう?だから私たち、ちゃんと人が多い方の図書室に行こうって決めたのよ。だから…」

「ダメだ」

「ダメって…どうしてあなたが決めるの?」

「嫌だから。2人きりになんて絶対にさせない」

肘の下辺りを強く引っ張られる。振りほどけない。クラスメイトが何人かこちらを見ているが、ハヤトはお構い無しだ。

「ハヤト…痛い」

「ハヤト先輩」

レイは一歩前に出てきて、ハヤトの手首を掴んだ。

「嫌がってるじゃないですか。離してあげて下さい」

「お前は帰れ」

ハヤトに低い声で凄まれても、動じない。

「そんなに好きなら、オリビア先輩のしたいようにさせてあげたらいいじゃないですか?困っているのが分からないんですか?」

「………!!」

「レイくん!大丈夫よ!」

(お願いだから、ハヤトを刺激しないで!!)

──ハヤトを呼び出した3年生たちを、魔法で返り討ちにした。

友達から聞いた彼の噂話を、思い出す。オリビアは青ざめながらレイを制止した。

しかし、ハヤトの力は緩まった。一瞬の隙にレイはハヤトの手を引き剥がし、そのままオリビアの手をとり、図書館へ向けて走り出す。

「えっ!?レイくん?」

今度はレイに引っ張られ、オリビアは慌てて足を止めようとするが、彼もなかなかに強い。

「待ってレイくん、も、もうやめない?ね、私、ハヤトと喧嘩してまでやりたいと思ってないし、なんだか、頭が…」

「僕はやりたいんです」

「本当に申し訳ないんだけど、ハヤトが怖くて集中出来ないから、帰ってもいいかしら?」

後ろを振り返ると、追いかけては来ないが、目をカッと見開いて仁王立ちしているハヤトと目を合わせてしまった。

(ほら!!)

「そういうの、良くないですよ。ここで言う事聞いちゃったら、この先ずっと言いなりです」

レイの正論に、オリビアは何も言い返せなかった。

結局いつもの図書館に着く。オリビアは決意した。レイが少しでも好意を匂わせる事をしてきたら、勉強会を終わらせる。ハヤトには、それで分かって貰おう。

そう思っていたが、レイは「大丈夫でしたか?」と言っただけで、今日も最後まで何も言わなかった。問題は、明日それをハヤトが信じてくれるか、である。

(レイくんにそんなつもりは無さそうで、ハヤトとは付き合ってもいないのに、どうしてここまで悩まないといけないの…?)

オリビアは無遅刻無欠席の学校を、初めて休みたくなった。そして翌日、本当に欠席していれば良かったと思う事になる。


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