偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
力では奪えない
勉強の遅れを取るのが大嫌いなのに、それでも登校を一瞬ためらった程に、ハヤトと顔を合わせる事が憂鬱だった。
屋外での魔法学の実習中、ハヤトは案の定こちらへ近寄り、声を掛けてきた。小声だが苛立ちが含まれている。
「昨日は楽しかったかい?」
「ハヤト…あのね、レイくん、やっぱりハヤトがいた方が理解しやすいって言ってたわよ…」
オリビアは嘘をついたが、効果は無かった。
「今日は絶対に行かせないからね」
そう言って、魔法弾コントロールの練習に使う的に向かって、ハヤトは思い切り杖を振った。直後に物凄い爆発音がして、的は粉々になる。
「最近森へは行ってないんだよ」
「…そ、そうやってレイくんも脅すの?」
足が震える。クラス中が驚いてハヤトを振り返るが、彼は無視している。
「オリビアはどうしたらいいと思う?」
「言葉でい、言ってくれると、嬉しいな」
先程まで的であった欠片を呆然と見ながら、出来るだけ穏やかに言う。
「そうか。オリビアは優しいね」
ハヤトは不敵な笑みを浮かべて、凄いと騒ぐクラスメイトたちの所へ去っていった。
***
放課後になってしまった。オリビアは2人のどちらからも逃げたかった。もう、耐えられない。
お願いだからどっちも来ないでと願っていたが、オリビアの普通科クラスに、先に来たのはハヤトだった。話し声を周りに聞かれるのが嫌で、オリビアはすぐに廊下へ出た。
「オリビア、一緒に帰ろう」
横を歩きながらハヤトが言う。
「ハヤト、私、今日は勉強会、行かない。その代わり、あなたとも帰らない」
「どうして?」
「分からないの?疲れたのよ」
もう振り回されたくない。2人に気を遣うのもうんざりだった。オリビアはハヤトから逃げるように歩くスピードを上げた。
「君と一緒にいたい」
「それはどうも。私は、いたくない」
思ったままを前を見て発言すると、ハヤトは足を止めた。無視して歩いていると、突然自分の足が鉛のように重くなった。夢の中で走ろうとしても上手くいかないように、前に出そうとしても、動かない。
(あ、あれ……まさか……)
肌が粟立つ感覚がして、恐る恐る後ろを見る。そこにはやはり、杖をこちらに向けているハヤトの姿があった。
「なに…したの…」
血の気が引いていく。
「オリビア、おいで」
自分を通り過ぎて前を歩き始めたハヤトを追いかけるように、意思に反して足が動き出す。
「嫌…いやだ、怖いよ、ハヤト」
ハヤトは学校を出て、宿舎へと真っ直ぐ歩いた。オリビアのではなく、彼の暮らす古い方の建物だ。
オリビアの足は止まらない。体が言う事を聞かない。どれだけ懇願しても、ハヤトは魔法を解いてくれない。黙って自分の部屋に向かって歩いていく彼の背中を追ってしまう。
「座って」
部屋に着くなり、ベッドに腰掛けるよう促される。オリビアが顔を真っ青にして操り人形のように従うと、ハヤトは目の前に立ち、彼女の頬に手を当てた。
「僕がレイから君を守るから」
「え……」
──何を言ってるの?
「動かないでね」
ハヤトにゆっくりと顎を持ち上げられ、視線を合わせられる。動くなと命令されてしまったから、抵抗は出来ない。そのまま彼に、唇を奪われる。かぶりつくように覆われて、すぐに舌まで差し込まれた。オリビアは息を苦しくさせながらも、頭の中は冷静だった。
──もうキスには慣れてしまった。これで何度目なんだろう。だけど、これ程の恐怖と……怒りを感じながらするのは、初めて。
最近は自分から抱き締め返したり、撫でたりする事でコントロール出来ていた彼の暴走を、止める事が出来ない。体の動きを魔法で封じられ、なだめられない。
「オリビアは、僕のだ」
その大きな手で黒髪をぐしゃりと乱しながら、激しく自分を求めるハヤトに、恐怖に勝った怒りを静かに募らせていく。
──ハヤトは、それでいいの?
ハヤトに押し倒される。額や頬に何度も口を付けられる。頭だけは動かせるため一応横に背けてみるも、すぐに手を添えられて前を向かされた。
「お願いだから…レイを信じないで…他の男に笑いかけないでくれ…」
切なさに満ち溢れた声で哀願するハヤトを、黙って見上げる。目にぐっと力を入れる。大きく息を吸いこむ。
「あの場所で君と勉強していいのは僕だけなんだ…!」
彼の手が制服の襟元にかかった時、オリビアは声を張り上げた。
「……いい加減にしてよっ!!」
あらん限りの大声で叫ぶと、ハヤトの手が止まった。魔法の力が弱まったのか、全く動かせられなかった体に自由が戻る。オリビアはハヤトの頬を思い切り、力いっぱい叩いた。パンッ、と、乾いた音が狭い部屋に響く。
驚いたハヤトを突き飛ばし、体の上から退ける。ベッドから降り、ドアまで逃げると、彼へと振り返った。
「だったら何でこんな事するのよ!!その魔力で私を好きに出来て、それで満足なの!?」
「……」
「レイくんとは何も無いって言ってるでしょ!?それに、彼がもし私を好きだったとして、それがなんなの!無理矢理キスしたり、触ってこない分、あなたよりよっぽどいい人だわ!私が彼を好きになっても、あなたに止める権利は無いじゃない!!」
「オリビア……」
「私の事が好きなら、こんなやり方しないで…正々堂々と来てみなさいよ!!」
オリビアはそう言うと、部屋から飛び出した。ハヤトは、追って来なかった。
「あぁ、イライラする!自分の力をあんな風に使うなんて…!」
オリビアは久々に明るい内に自室に帰った。今日は教科書もノートも見たくない。
「魔法を使わない方が上手くいく事もあるのにね!」
たまにはゆっくりしようと、実家から持ってきたポータブルテレビをつける。チャンネルを変え、大好きな魔法学会のニュースを見つける。数分ぼうっと眺めるが、すぐに消す。頭に入らない。
「……これで明日からもおんなじ事するようじゃ、もう終わりね」
翌日の最後の授業、緊張しながら入った魔法学クラスで、オリビアはギョッとして、足を止めた。