偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
私に似合う色
受賞者を確定させる学年末テストが、もうすぐそこまで迫っている。
オリビアは勉強会へ通い続けた。ハヤトはあれ以来図書館へ現れなくなったが、2人になってからというもの、たくさん褒めてくれるレイと過ごす時間が、わずかに楽しみになっていた。
(レイくんといると、理想の自分でいられる。ほんの少し言い過ぎる彼を優しく受け止められる自分も、なんだか大人みたいでいいじゃない。学年末テストが終わっても、勉強会を続けてもいいかも…)
しかし、なぜだか集中出来ない。ノートに書き込もうと羽根ペンを持った瞬間、黄色に染まる柔らかな羽根の輝きが目に入り、どうしても時間が止まってしまう。
──私は、振ったの?
「先輩?」
「あっ、ごめんね。どこだっけ」
オリビアはハッとして、笑顔を作る。
「………ここですよ」
「あ、ああ、えっと、ここは…なんだっけ。待ってね、ノート見るから」
「はい」
「………えっと、この説明で、分かるかしら…?」
「はい。要はこういうことですよね?」
「あっ、そうそう。ありがとう」
「さすがです。オリビア先輩」
オリビアのしどろもどろな解説を、レイがさらに噛み砕いて整理し、説明し返す。これではどちらが教えているのか分からないが、レイはなおも彼女に教えを請う。
「そろそろ休憩しましょ。喉乾いちゃった」
──早く、淹れてよ。
「えっ、また休憩?いいですけど、ついさっきもしましたよね」
「……?あ」
時計を見て気付く。いつもなら、タイミング良く差し出された紅茶で、ひと息ついている時間だった。
***
「それで…あいつがさ!こんな顔してたんですよ!!」
「ふふ」
オリビアは笑った。彼の話を聞いている時は、余計な事を考えなくて済む。レイはその見た目からドライな性格だと思っていたが、本当によく喋る。
「レイくんの学年、そんな感じなのね。面白いわ」
「そいつさぁ、普通科のくせに、バスケも上手いんですよ?信じられます?」
「そうなのね」
「僕何度やっても勝てないんですよぉ」
「レイくんは勉強だけじゃなくて、スポーツ面も努力しているのね。大丈夫よ、いつかは勝てるわ」
「そうですね。あいつに負けるなんて、トップクラスの恥ですから」
彼はたまにこういう話の仕方をする。レイは、特別進学科生であるという事が自慢なようだ。しかしそれだけならいいのだが、言葉の端々に、他の学科生に対する侮蔑が感じられる。
「…あなたは立派ね、特別進学科の名に恥じないように頑張ってるわ。でも、その子もきっと普通科に誇りを持っていると思う」
他の話ならまだ笑って流せるが、どうしても言いたかった。特別進学科をトップクラスと呼ぶのは、あの日以来やめていた。
──比べる必要は無いって、教えて貰ったから。
オリビアはレイに遠回しに注意したが、彼は首を振った。
「普通科は、落ちこぼれの集まりですよ」
「えっ?」
「あいつらは、他の学科に比べて勝てる所が何一つ無いんですよ?だってさ、専門学科でさえ、色んな分野のスペシャリストを目指す強みがあるでしょう?普通科って、何で存在するんだろう。恥ずかしくないのかな。あっ、でもオリビア先輩は別格ですよ?普通科の、希望の星なんですから!」
悪気なくにっこり笑う。
「……………ありがとう」
「……ね、オリビア先輩。先輩はどうして、トップクラスに入らなかったんですか?こんなに賢くて、実績出しているのに。普通科なんかで退屈しませんか?」
レイは心底分からない、という顔でオリビアを見た。
「……私は、入れなかったのよ」
「えっ?オリビア先輩が?頭良いのに?」
オリビアは一呼吸おき、話した。
「そう。中等部へ入学する前は、大して勉強出来なかったの。特別進学科は憧れてはいたけど、私には到底無理だった。普通科に入学してから少しずつ順位を上げて、1位にまで上りつめて、キープしてきたのよ。まぁ、今は抜かれちゃったけどね」
──私に遥かに差をつけて1位を取る天才魔法使いが現れたから。
「そうなんだ…オリビア先輩って、元々勉強出来る人じゃなかったんですね。イメージと少し違うなぁ」
グサリと来る。地頭が良くない事は、コンプレックスである。レイにまで、才能がある訳では無いとバレてしまった。
──だけど、努力は恥ずかしい事じゃないって、言ってくれたっけ。
「……確かに勉強は苦手だったわね。でもプロピネスでの授業は楽しくて、色々と学ぶ内に、1位を目指したくなったって事よ」
「そうですか…凄いなぁ。それで本当に取れるんだから。先輩には敵いません」
『僕には敵わないよ』
自信満々でニヤける坊主頭の男の声が頭の中で響く。
「ええ…」
「そういえば、このペン、綺麗ですね。黄色がお好きなんですか?」
レイはオリビアの黄色い羽根ペンを手にとった。
「あっ、これは普通科のクラスカラーだって…」
そう言いながら、さりげなく取り返す。
「ふーん。黄色ってちょっとバカっぽくないですか?似合ってませんよ。普通科のクラスカラーとしてはぴったりだけど」
落ちてきた灰色の髪を耳にかけながら、嘲笑するレイ。
「え?バカっぽい?」
「はい。オリビア先輩にはもっと、知的な色が似合いますよ。替えません?青とか、緑なんかどうでしょう。あ、そうだ、テストが終わったら、僕と一緒に買いに行きませんか?」
「レイくんと、買い物…羽根ペンを、買い替える…?」
「はい」
──いつもからかってくる人が選んだ、この色の羽根ペン。自分を褒め称える可愛い後輩との、買い物。
「…私、これで大丈夫よ。私にはしっくりくるから」
「そうですか?青色とかの方が、集中力が上がるって言うじゃないですか。黄色って、チカチカして気が散りません?僕が買ってあげますよ。もっと点数上がるかも…」
「そんな事ないわよ。これでやる気を出しているから。これでいいの」
──いいえ。これじゃないと、ダメなんでしょう?
「…分かりました」
「…あ、結構時間経っちゃった。さ、勉強しましょ!テストまであと少しだわ」
「はい、先輩」
レイが再び問題集に取り掛かり始めた所で、オリビアは羽根ペンをしまった。受け取った時の細長い小箱に毎回入れるため、少し角が擦れてきている。
(ああ、もう!)
楽しいはずの時間に、彼の面影のひとつひとつがいちいち水を差す。
オリビアは自分に言い聞かせた。問題はそこでは無いではないか。あの人の良い所なんて、よく知っている。それなのにあと一歩の所でチャンスを逃し続けてきたのは、向こうの方だ。あの強引な所さえ無ければ、とうの昔に受け入れていたかもしれなかった。自分勝手な所が苦手だ。何でもすぐに思い込む所が疲れる。それだけじゃない。あの人といると、嫉妬心でいっぱいになる。心が乱される!絶対に、目の前の彼の方が、一緒に勉強していて安らげるはずなんだ。
オリビアはその後もレイに教え、優しく焚き付けたものの、自分自身の手は全く動かなかった。