偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
賛辞はもういらない
オリビアの健闘むなしく、ホウキレース大会は2位に終わった。ゴールしたのち、地上で迎えようと集まった教師たちの頭上を越え、そのまま会場の隅の木陰に降りていった。ホウキに体重を預ける。限界以上の力を出したため、しばらく動けずに荒い呼吸を繰り返した。
「オリビア……」
先にゴールしたハヤトがそばに寄る。
「はぁ、はぁ………ハヤト……おめでとう。悔しいな、負けちゃった」
オリビアは息を整えながら、ハヤトに笑いかけた。初めて勝負した時のような、恨めしげな表情は見えない。
「ありがとう。…言うほど悔しそうじゃないね」
ハヤトも微笑んで返す。
「うん……良かった……」
「………」
「…あなたはやっぱり凄い人よ。あなたには敵わない。本当に、憎らしいわ」
後続の生徒たちがゴールしては会場に降り立つ音が、遠くで聞こえる。
オリビアはホウキを寝かせ、ハヤトを見上げた。
「ハヤト……お願い。明後日の学年末テストの勉強…一緒にしてくれる?いつもの図書館で…………」
「ああ……もちろんだよ。僕もひとつ頼みがあるんだ。オリビア、もう一度君に告白させてくれないか」
ハヤトは一歩オリビアに近付き、真剣な目をした。
「ふふ、はい、お願いします」
オリビアが笑顔で待っていると、ハヤトは珍しく、頭を搔いて下を向いた。緊張する姿がこれ程似合わない人もいるのね、と笑いそうになるのを我慢する。彼は一度空を見上げると、決心がついたように目を合わせた。
「オリビア、好きだ……いや、好きです。付き合って……ください」
オリビアは、必死に言葉を選ぶ彼の胸に飛び込んだ。背中に彼の、力強くも優しい腕を感じる。
「はい……私も……………………………好き」
オリビアは、ハヤトの腕の中で、目を閉じて言った。
***
しばらく抱き合っていたが、そろそろ全員がゴールする頃だろうと、先にオリビアがもぞもぞと動き出した。
「ハヤト……そろそろ…」
ハヤトから離れようとオリビアが顔を上げた時、彼の目の端に光るものを見つけた。
「えっ、嘘、ハヤト、泣いてるの?」
「あっまずい、バレた…」
慌てて涙を拭うハヤトに、オリビアはあんぐりと口を開けた。
「ハヤトも泣くことあるんだ…」
「当たり前だろう」
「…ふふっ」
「何笑ってるの」
「だって、ハヤトの泣き顔を見られるなんて、レアじゃない」
くすくすとからかうように笑う。
「……そんなに面白い?僕の泣いたところ」
「うん、可愛い」
「……バカにしてる?」
少しムッとするハヤトにいつもの仕返しとばかりに、思い切り意地悪な笑顔を向けた。
「………………ええ、してる!」
「あぁ…酷いな。ちくしょう…」
ハヤトに顎を掴まれ、上を向かされる。オリビアは少し迷った後、目を閉じた。無理矢理でもなければ、魔法薬も飲まされていない状態での、触れるだけの初めてのキスをした。
「………なんの新鮮味も無いわ。あなたのせいだからね」
オリビアは不満を言ったが、本当は今までで1番激しく胸が鳴っていた。
「うん、ごめんね」
ハヤトは再びオリビアを抱きしめ、嬉しそうに謝る。
「全く…だから付き合う前からこんな事するのは好きじゃないのよ。反省してちょうだい」
「分かったよ…」
そう言って再び、顔を近付けていく。
「ん…」
次第に覆いかぶさるようにしてキスをし始めたハヤトに、オリビアは焦り始めた。
「はぁ…オリビア、好き、大好き」
(あれ…?全然終わらない…)
嫌な予感がして、やんわりと彼の胸を押す。
「あ、あの、もうすぐレース終わるか…」
その時、手首を掴まれた。一歩進んできた彼に木に押し付けられ、逃げられなくなってから、さらに深く口付けされる。
「ハ……ヤト……大会中だから、だめっ」
「オリビア……大好き。これからはもう我慢しないよ…」
「我慢なんかした事な……んっ」
言い終わる前に、また口を塞がれる。
(またこうなる!!私が何で怒ったのか、分かってなかったの!?)
オリビアは怒りながら、掴まれていない手でハヤトの背中を強く叩く。それでも離れようとしない彼にさっそく彼との交際を後悔し始めた時、ハヤトが思い出したようにパッと離れた。
「あっ!!…ごめん、またやっちゃった…」
「……本当よ、もう!!」
「ごめんね…嫌いになった…?」
不安そうにこちらを見つめるハヤトを、オリビアは睨みつけ──────フッと力を抜いて笑みを見せた。
「しょうがないわね。これから少しずつ、加減を覚えていきましょうか」
「良かった……ありがとう」
「はぁ……特別よ。じゃあ……そろそろ行きましょう。まずは大会の表彰式に出ないと」
呆れながらも、微笑む。ホウキを手に取り、木陰から出る。
「オリビア…」
「何?」
「…ありがとう。僕、テストも頑張るよ。…オリビアみたいにね」
「……ええ!勝負よ」
***
年度末のプロピネス総合学校の広い講堂に、全校生徒が集まる。今日は表彰式の日である。学年末テスト結果も加味された、年間の成績優秀者たちがステージへ並んだ。
オリビアは、横に並ぶ1年生の受賞者の列を見る。レイはやはりいなかった。式の前に先生から、彼は1位を取ったが、式への参列は辞退したと聞かされた。
学年別に上位の5名がひとりひとり、賞状を受け取っていく。
「──2年生、2位。普通科、オリビア・ポット」
オリビアが呼ばれた。前に出ると、歓声が上がった。
「すごいなあ、2年連続だよ」
「今年は2位だけど、それでも相当なものよね」
自分への賛辞に、オリビアは感謝の気持ちを込めて頭を下げた。賞状を受け取るとすぐに、最優秀賞受賞者の名前が呼ばれるのを待つ。彼の名が講堂中に響き渡るのを、誇らしげに見守る。
「──2年生、最優秀賞。特別進学科、ハヤト・ヤーノルド」
先程よりも大きな歓声の中、ハヤトが颯爽と全校生徒たちの前へ出る。満場一致の結果だった。
──結局、テストでも負けてしまった。去年は最優秀賞受賞者としてここに立ったのに、再び1位に返り咲く願いは叶わなかった。悔しくて仕方がない。
でもなぜだろう。去年よりも、嬉しい。
ハヤトが賞状を受け取り、受賞者の列に戻ってきた。オリビアは彼と目が合うと、小さく手を振った。ハヤトも笑顔で返す。
全ての賞状授与が終わり、進行役の教師が改めて生徒に向けて拍手を促す。盛大な拍手と祝いの言葉が飛び交う中、オリビアは隣に立つハヤトに声を掛けた。
「おめでとう、ハヤト。さすがね」
「ありがとう」
「悔しいな」
「僕には敵わないよ」
ハヤトはニヤリと笑っていつものセリフを言ったが、オリビアは素直に頷いた。本心では無いと、もう分かっている。
「そうね。でも、いつかあなたを超えるから…応援してね。隣で」
その手には2位の賞状と、黄色い羽根ペンが相棒のように握られていた。
終わり