最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~

4.豊かな国

「お前の育った村の話をしてくれないか」
「もう何度目ですか、アズラク様」

 あんなに激しくわたしを組み敷いたとは思えないような穏やかな声で、アズラク様は言う。いつもそうだ。アズラク様は腕枕をしながら、わたしに故郷の話を強請る。

「仕方がないだろう。俺は雪を見たことがない」
 一生この目で見ることはないだろうからな、とその手はわたしの髪を撫でる。

「こんな色をしているんだろう?」
「そうですね」

 わたしの名前の由来は、この白い髪の色だと聞いている。今はもうこの世にいない母親が付けたものだ。

「本当に何もないところですよ」

 そう、何もないところだった。生きていくのに必要なものも、そうでないものも。
 作物もろくに取れない貧しい村だった。

「きれいだな」

 青い瞳にわたしだけが映っている。アズラク様はそっとわたしの髪に口づけた。こうしていられる時間が、わたしは一番好きだった。

 帝国の最初の王は、自分たちを攻めてきた軍勢から守るために力を求めたという。ところにより神とも悪魔とも魔女とも称される“それ”は、彼に人智を超えた力を与えた。けれど、その代償はあまりにも大きかったのだ。

 それからアズラク様達はずっと探している。
 彼らを救ってくれる『運命の乙女』を。

 その女は悪魔の一族を恐れず、そして彼女には殺戮の衝動も湧かない。その者と子を成せば、彼らはこの呪いのような宿命から逃れられるのだと。
 わたしはアズラク様が恐ろしくはない。その点で『運命の乙女』なのかもしれないと、アズラク様は言った。

「どうした?」
「いえ」

 そうしてアズラク様とはじめて夜を共にした女がわたしというわけだ。それはなんだかとても誇らしい。
 アズラク様の居室の寝台は大きくて、二人で横になっても十分な広さだ。こんなふかふかの寝台で眠れる日が来るなんて思っていなかった。

 何よりもびっくりしたのは、卓上の皿に盛られた色とりどりの果物だ。とても一晩で食べ切れるような量ではない。どれもこれも村では見たことがなかった。この国は本当に豊かなのだと、そしてアズラク様はそれを用意することができるだけの身分があるのだと、これだけで分かってしまう。

「食べたいならそう言えばいい」
 わたしの視線に気づいたアズラク様はそう言うと、そっとわたしの頭の下から腕を引き抜いた。

「食べたことが、ないので……」
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