最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~
5.ざくろ
「そうなのか」
アズラク様は真っ赤な果実を一つ取った。「俺はこれが好きだな」
先端の棘のようなものを添えられていたナイフで落とし、十字に切れ込みを入れる。そうして切れ込みを開くように、ぱかっと手で割った。
中から現れてきたのは、血のように赤い小さな粒。正直あまり美味しそうには見えなかった。
「これはどんな味がするのですか?」
「人の肉の味」
ひっ、と喉が鳴った。わたしの反応を見てアズラク様はにやりと笑う。
「ばかだな。本当に人の肉の味がするわけがないだろう」
物を知らない僻地の小娘だと馬鹿にされている気がした。実際そうなのだけれど。
アズラク様は慣れた手つきでその赤い粒を取り出すと、口に運んだ。
「やはり美味いな」
好きだというのは本当なのだろう。ひどく手間に見えるのに、アズラク様は小さな実を大きな手でちまちまと取っては食べている。時々滴るものが果汁なのだと分かっていても、血のように見えてしまった。
「ほら」
果汁で赤く染まったアズラク様の指が唇に触れた。わたしも食べてみろということらしい。
恐る恐る口を開けて、舌でその指を舐めた。
「……ん」
赤い粒を噛むと、ぷちんと弾けて瑞々しい果汁が出てくる。その甘酸っぱさに唾液が溢れて、喉の奥がきゅっとなる。美味しい。
こんな美味しいものを、わたしは今まで食べたことがなかった。
「気に入ったようだな」
アズラク様は得意げに、また赤い実を掬って差し出してくる。促されるままに、その指を舐める。
「これはざくろというんだ」
「ざくろ……」
名前すらも耳にしたことはなかった。
「なんてことはない。昔沢山の子供を育てている神様がいてな。自分の子供を育てるために、人の子を攫って食べていたらしい。それをやめさせるように、代わりに差し出されたのがこのざくろだというわけだ。見た目も赤いしちょうどいい、ということだったんだろう」
なるほど。言い伝えのようなものか。確かに、人の肉とは似ても似つかない味だった。
結局そのまま、わたしはアズラク様に残りのざくろを食べさせてもらう羽目になった。アズラク様もお好きだと言っていたのに、一人で全て食べてしまった。
「すみません……」
「謝ることはない」
言うが早いか、アズラク様は唇を重ねてきた。唾液が混ざり合って一つになって、舌の根を強く吸われる。深い口づけに、食べたばかりのざくろの味も全て奪い取られていくかのよう。
「俺はこれでいい」
そう言って手の甲で口元を拭った。それだけで頬が熱くなってしまう。
熱に浮かされたようにぼんやりする頭で考える。
「アズラク様は、人の肉を食べたことはありますか?」
「あるわけないだろう」
「そう、ですよね」
こんなにも美味しい食べ物があるのに、わざわざ人の肉を食べることなんてないだろう。
けれどわたしには分かる。生き延びるために、誰かを食わらないといけない、その状況が。その神様も生きていくために必死だった。ただそれだけのことなのだろう。
帝国の人はきっと、夢にも思わない。
「俺を前にして別のことを考えていられるとは。いいご身分だな、お前も」
上の空だったことを責めるような口調。けれど声音はどこか楽し気で、薄い唇は美しく弧を描く。今日のアズラク様はとても機嫌がいいらしい。
わたしは彼に捕食される側だ。悪魔の一族を取り巻く真実を知っても、これだけは変わらない。
「そんなつもりは……」
背けた顔に手を当てられてまた見つめ合う。一瞬だけ、その澄んだ瞳が曇った。ぐっと、眉根を寄せて痛みを堪えるような顔をする。
「アズラク様?」
「なんでもない」
吐き捨てるようにそう言うと、首筋に鋭い痛みが走った。強く吸い上げられて赤い花が幾つも散る。この青い瞳は容易く、わたしの体を高みに上らせるのだ。
まだ夜は終わらない。
アズラク様は真っ赤な果実を一つ取った。「俺はこれが好きだな」
先端の棘のようなものを添えられていたナイフで落とし、十字に切れ込みを入れる。そうして切れ込みを開くように、ぱかっと手で割った。
中から現れてきたのは、血のように赤い小さな粒。正直あまり美味しそうには見えなかった。
「これはどんな味がするのですか?」
「人の肉の味」
ひっ、と喉が鳴った。わたしの反応を見てアズラク様はにやりと笑う。
「ばかだな。本当に人の肉の味がするわけがないだろう」
物を知らない僻地の小娘だと馬鹿にされている気がした。実際そうなのだけれど。
アズラク様は慣れた手つきでその赤い粒を取り出すと、口に運んだ。
「やはり美味いな」
好きだというのは本当なのだろう。ひどく手間に見えるのに、アズラク様は小さな実を大きな手でちまちまと取っては食べている。時々滴るものが果汁なのだと分かっていても、血のように見えてしまった。
「ほら」
果汁で赤く染まったアズラク様の指が唇に触れた。わたしも食べてみろということらしい。
恐る恐る口を開けて、舌でその指を舐めた。
「……ん」
赤い粒を噛むと、ぷちんと弾けて瑞々しい果汁が出てくる。その甘酸っぱさに唾液が溢れて、喉の奥がきゅっとなる。美味しい。
こんな美味しいものを、わたしは今まで食べたことがなかった。
「気に入ったようだな」
アズラク様は得意げに、また赤い実を掬って差し出してくる。促されるままに、その指を舐める。
「これはざくろというんだ」
「ざくろ……」
名前すらも耳にしたことはなかった。
「なんてことはない。昔沢山の子供を育てている神様がいてな。自分の子供を育てるために、人の子を攫って食べていたらしい。それをやめさせるように、代わりに差し出されたのがこのざくろだというわけだ。見た目も赤いしちょうどいい、ということだったんだろう」
なるほど。言い伝えのようなものか。確かに、人の肉とは似ても似つかない味だった。
結局そのまま、わたしはアズラク様に残りのざくろを食べさせてもらう羽目になった。アズラク様もお好きだと言っていたのに、一人で全て食べてしまった。
「すみません……」
「謝ることはない」
言うが早いか、アズラク様は唇を重ねてきた。唾液が混ざり合って一つになって、舌の根を強く吸われる。深い口づけに、食べたばかりのざくろの味も全て奪い取られていくかのよう。
「俺はこれでいい」
そう言って手の甲で口元を拭った。それだけで頬が熱くなってしまう。
熱に浮かされたようにぼんやりする頭で考える。
「アズラク様は、人の肉を食べたことはありますか?」
「あるわけないだろう」
「そう、ですよね」
こんなにも美味しい食べ物があるのに、わざわざ人の肉を食べることなんてないだろう。
けれどわたしには分かる。生き延びるために、誰かを食わらないといけない、その状況が。その神様も生きていくために必死だった。ただそれだけのことなのだろう。
帝国の人はきっと、夢にも思わない。
「俺を前にして別のことを考えていられるとは。いいご身分だな、お前も」
上の空だったことを責めるような口調。けれど声音はどこか楽し気で、薄い唇は美しく弧を描く。今日のアズラク様はとても機嫌がいいらしい。
わたしは彼に捕食される側だ。悪魔の一族を取り巻く真実を知っても、これだけは変わらない。
「そんなつもりは……」
背けた顔に手を当てられてまた見つめ合う。一瞬だけ、その澄んだ瞳が曇った。ぐっと、眉根を寄せて痛みを堪えるような顔をする。
「アズラク様?」
「なんでもない」
吐き捨てるようにそう言うと、首筋に鋭い痛みが走った。強く吸い上げられて赤い花が幾つも散る。この青い瞳は容易く、わたしの体を高みに上らせるのだ。
まだ夜は終わらない。