最後に瞳に映るのは~呪われた王子と運命の乙女~
9.愛してはいけない
弾かれたように駆け寄って抱き締めた彼女の顔は、うっすらと微笑んでいるようにすら見えた。
「ネージュ! ネージュ!!」
どくどくと首筋の傷から流れていく血。押さえても押さえても止まらない。その度に命が零れ落ちていくようで、腕の中の彼女が冷たくなっていく。
真っ白だったネージュの髪は、その血を吸って赤く染まった。
体中を焼き尽くすようだった衝動。その胎を引き裂いてやりたいとずっと思っていた。けれど動かない彼女を見ていたら、それもすとんと消えていった。
「目を開けてくれ。俺を、見てくれ」
呼びかけても返事をすることはない。あの鈴が鳴るような声は、もう聞こえない。
これでは、彼が殺したのとなんら変わらない。
魅かれ合うものになんて、出会ってはいけなかった。
愛してはいけなかったのに。
「ネージュ……」
アズラクの目から流れた涙が、いくつもいくつも血だまりに落ちた。それらは境界線も分からないほどに混じりあって、一つになった。
彼女の言葉が蘇る。
「独りぼっちはいやなんです。だから絶対、わたしを食べてくださいね」
人を殺したいと思ったことはあっても、食べたいと思ったことなんてない。けれどそれが彼女の望みだとすれば。
叶えてやりたいと、素直に思う。それが自分にできる唯一のことだろう。
白い胸に剣をそっと突き立てる。もう彼女は痛みを感じないのだろうけど、それでも。
彼女の内側に手を差し入れて抉り取る。まだあたたかいそれは、ほんの微かに、弱々しく脈打っていた。
「お前を独りにはさせない」
果実を齧るように歯を立てる。じゅわりと口の中に広がる血。拍動するための筋肉は硬く噛みしめるほどに味がする。濃厚なコクは乳酪にも葡萄酒にも似ている気がした。
夢中で、アズラクはネージュの心臓を食べた。
かつて、彼女だったもの。そして確かに、彼の一部になったもの。
それは飢えを知らずに育った帝国の王子の人生において、今まで食べた何よりも、美味であった。
「ネージュ! ネージュ!!」
どくどくと首筋の傷から流れていく血。押さえても押さえても止まらない。その度に命が零れ落ちていくようで、腕の中の彼女が冷たくなっていく。
真っ白だったネージュの髪は、その血を吸って赤く染まった。
体中を焼き尽くすようだった衝動。その胎を引き裂いてやりたいとずっと思っていた。けれど動かない彼女を見ていたら、それもすとんと消えていった。
「目を開けてくれ。俺を、見てくれ」
呼びかけても返事をすることはない。あの鈴が鳴るような声は、もう聞こえない。
これでは、彼が殺したのとなんら変わらない。
魅かれ合うものになんて、出会ってはいけなかった。
愛してはいけなかったのに。
「ネージュ……」
アズラクの目から流れた涙が、いくつもいくつも血だまりに落ちた。それらは境界線も分からないほどに混じりあって、一つになった。
彼女の言葉が蘇る。
「独りぼっちはいやなんです。だから絶対、わたしを食べてくださいね」
人を殺したいと思ったことはあっても、食べたいと思ったことなんてない。けれどそれが彼女の望みだとすれば。
叶えてやりたいと、素直に思う。それが自分にできる唯一のことだろう。
白い胸に剣をそっと突き立てる。もう彼女は痛みを感じないのだろうけど、それでも。
彼女の内側に手を差し入れて抉り取る。まだあたたかいそれは、ほんの微かに、弱々しく脈打っていた。
「お前を独りにはさせない」
果実を齧るように歯を立てる。じゅわりと口の中に広がる血。拍動するための筋肉は硬く噛みしめるほどに味がする。濃厚なコクは乳酪にも葡萄酒にも似ている気がした。
夢中で、アズラクはネージュの心臓を食べた。
かつて、彼女だったもの。そして確かに、彼の一部になったもの。
それは飢えを知らずに育った帝国の王子の人生において、今まで食べた何よりも、美味であった。