ひと晩の交わりで初恋の人の子どもを身ごもったら、実は運命の番で超溺愛されてしまいました~オメガバース~
「えっと……」
 この来客はどちら様で、と困惑した私が尋ねようとして、代わりに最上さんが口を開いた。

「今からここでする話は、他言無用。絶対にオフレコでお願いね。そうでないと、私たち全員クビになっちゃうから」
 いつも柔らかい最上さんの声が、ふいに固く張りつめたものへと変わる。

 やはり、ただならぬ来客者なのだろう。

 それにしても、スーツの男と全身黒づくめの男。

 いったい弁当屋と、この男たちとどういった関係があるのだろうか。


「は、はい」
 最上さんの反応につられ、私と時任くんの返事もこわばったものになる。

 途端、パーカーを目深にかぶった男の口の端が、わずかにぴくっと引きつったような気配がした。

 と、同時にスーツの男が、動揺した私たちの前へ一歩距離を詰めてくる。

 驚くことに間近に迫ったスーツの男は、まとう渋い雰囲気に似合わず、三十代半ばくらいと意外と若そうな見た目をしていた。
 最上さんの背後に立ったときは、二メートルにも近い身丈かと思ったが、実際には時任くんと視線が同じくらいだ。

 うしろに撫でつけられた髪や私たちを見下ろす神経質そうな怜悧な瞳が、スーツの男を大きく見せたのだろう。

 どちらにせよ、スーツの男はこの弁当屋には似つかわしくない、マフィアもしくは裏家業のその道のような堅気ではない空気をまとっていた。

 一緒に現れたパーカーとかぶったラフな姿の男も怪しいが、弁当屋に弁当を買いに来た客だと言われても納得のいく恰好をしている。


「実はこうして本日『デリかがみ』さんに訪れたのは、弊社に所属する俳優が、そちらの城戸美羽様に折り入って頼みたいことがあるというので、直接出向いた次第です」
 神経質そうなスーツの男はそう私に向かって告げると、スーツの内ポケットから名刺ホルダーを取り出した。

 視線で私はその様子を追っていると、流れるような手つきで目の前に名刺が差し出される。

 手馴れたものだ。

 けれど馴染みのない光景に、私は目を見開く。

 たしか「ちょうだいします」と言いながら受け取るんだっけ、とキッチンにこもりすぎて活用したことのない社会人ルールを思い出し、両手で名刺を受け取る。

「……さくらい、さん?」
 手にした名刺に書かれたい名前を私は読み上げた。

「はい」
 間髪入れずに返事をした目の前の男は、にこりともしなかったが、特段嫌な顔推せず簡単な自己紹介をはじめた。

(わたくし)、芸能プロダクションで俳優『キョウ』のマネージメントを行っております、櫻井と申します」
 櫻井と名乗ったスーツの男は、私たちに向かって慇懃にお辞儀する。
 
 向かいに立つ私が、「キョウ」という名を聞いて、反射的にぎゅっと唇を噛み締めるほど、複雑な気持ちになっているとはつゆ知らずに。

 

「そうなのよー。この櫻井さんに店の場所が分からないって、あらかじめ店内のパソコン宛にメールをもらっていたから、お迎えのためにちょっと外へ出てただけなのよ」

 どうやら最上さんがいなくなったのは、ビジネスにおけるホウ・レン・ソウが上手くできていなかっただけのことらしい。

 安堵した私と時任くんは、自然とふたりで目配せして安堵する。

 すると視線の端で、今度はもうひとりのパーカーのフードを目深にかぶっていた男が歩み出た。

 男はフードで顔の上半分がほとんど覆われているというのに、顔が小さく、足はすらりと長い。

 まるで九頭身くらいあるのではないかと思うほどモデルのようにスタイルはよく、明らかに地味な服装だというのに、一般人ではないオーラをかもしだしていた。

 直感的にこのパーカーの男は、アルファではないかと悟る。

 ふいにそのとき、男はかぶっていたフードを流れるような仕草で取り去った。

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