ひと晩の交わりで初恋の人の子どもを身ごもったら、実は運命の番で超溺愛されてしまいました~オメガバース~
 それからすぐのことだった。
 電話に出たはずの時任くんが、驚きと焦りが混ざった様子で店長を呼ぶ。

 返事はない。

「店長? どこにいるんすか!?」
 ふたたび時任くんが店長を呼んだ。

 やはり返事はなく、店内に流れるラジオのパーソナリティの声しか聴こえなかった。

 仕事中に、彼が大きな声を出して叫ぶのはめずらしいことだ。

 いったい店宛てに、どんな電話がかかってきたというのだろう。

 ……もしかしなくとも、店長を呼ぶということはクレーム?

 手にしていたタンブラーを、無意識にぎゅっと握りしめる。

 どちらにせよ只事じゃない。

 察した私はタンブラーを弁当の脇に置き、キッチンと店を暖簾だけで分けている柱のところに立って、店内の様子を窺う。


 幸いランチタイムが過ぎた後だ。

 店内には客がひとりもおらず、けれどなぜかいるべきはずの店長もそこへ不在だった。

 どういうこと……?

 もしかして、私たちがキッチンで話している間に強盗へ入られた……?

 いや、まさかと思った。

 だとしたら、金目のものを奪うなどもっと派手な音がキッチンにいる私のところまで届いていたはずだ。

 店とキッチンとは、カーテンの仕切りだけで繋がっているのだから。

 責任者である最上さんが声掛けもなく店から離れることは、今まで一度たりともなかった。

 だからこそ瞬時に最悪な事態を考え、身震いしてしまう。

 警察に電話をしたほうがいいのだろうか。

 それともまず、本社に連絡を入れて、指示を仰いだほうがいいのだろうか。

 気づけば私はキッチンから店頭へ出て、店頭の出入り口から外を見つめていた時任くんの肩を叩いていた。


「美羽さん!?」
 子機の電話を手にした時任くんが、肩を叩かれ背後を振り向き驚愕する。

「店長はどうしたの?」
 私の問いかけに、時任くんは首を横へ振る。

「それが俺が電話に出るために店へ出たときには、すでに不在で……」
 焦りを煽るように、子機の保留音が何度も同じフレーズをリピートする。

 そのとき、それまで明るい声で午後の音楽番組を盛り上げていた男性ラジオパーソナリティーが、「緊急速報です」と深刻そうな声で一報を入れる。

「緊急速報?」
 咄嗟に私と時任くんは、お互い目を合わせて息を呑む。

 途端、比較的近くから車のブレーキ音が上がった。

 瞬時に二人は音のするほうへ視線を向ける。

 それからふたたび、恐る恐る顔を見合わせた。

『えー、緊急速報です。先ほど十五時ちょうど、国際的にハリウッドでも活躍されております俳優のキョウさんが、今月いっぱいで俳優としての活動を無期限休養されることを発表いたしました。なお、キョウさんご本人は所属事務所を通じて……』
 深刻そうにラジオから流れてきたのは、とある俳優の休業宣言だった。

 その瞬間、私の胸はドキッと激しく脈を打つ。

 俳優のキョウって……。

 娘を授かった禁断のあの夜の情事が、脳裏に再生されていく。


 

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