スウィート・ギムレット
三時間ほどの飲み会の後、帰り方面が同じもの同士、散り散りになって別れた。
円と了吾が連れ立ってどこかへ行くことなど周りは気にならないほど、みんなほどよくお酒が入っていた。

新宿に向かうタクシーの中で了吾が言った。

「まさか独身とはね」

ちらりと隣にいる彼に円は視線を向ける。笑うでもなく、呆れるでもなく、憐れむでもなく、ただ、ただ世間話をする顔だった。

「結婚の予定はあったわよ。途中で嫌になっちゃっただけ。仕事もまだやりたかったし。」

言いながら、円は了吾と別れた夜のことを思い出す。就職してまだ一年だというのに、せっかく就職した大手広告代理店を止めて外資系のIT企業に転職すると了吾が言ったのだ。学生時代から交際を続けてきた円に一言の相談もなく。
了吾は、別れたいのではない、自分の可能性にチャレンジしたいのだと言った。
それでも彼の選択は、円にとってこの先の未来をぼやけさせるのに十分だった。

「お互い好きなように生きるのがいいわよね。若いんだし」

約束なんかしないでいましょう。私もやりたいことがたくさんあるから。

それだけ言うと了吾はそれ以上何も言えないように、わかった、と言った。離れがたくなるようなキスも抱擁もない、あっさりとした別れだった。

お互いに自立しすぎていたのかもしれない。もちろん愛情はあったけれど、そのほうが幸せだと思った。
待つことも、待たれることも、未来を縛ることも、それで大事なチャンスを逃すことも似合わない気がしていた。
了吾はもちろん、円にとっても。
白黒はっきりしていたほうがいい。いつだってイエスとノーでわかりやすいほうがいい。
そう思っていた。

「了吾こそ、バツ2くらいになっているかと思ってたわ」

東京のビル街を横目に、走るタクシーの中で円は笑って言った。何を言うのも怖くない。了吾はいつだって冗談が通じる。

「どういうイメージだよ」
「そういうイメージよ」
「心外だな。俺だって仕事であちこち行ってばっかりで、きちんとした相手ができなかったんだよ」

きちんとした相手ができなかった、ということは、それなりに相手がいた証でもある。別に嫉妬もしない。会わなかった十五年以上の時間を埋めたいとは円は思っていなかった。

それでもこうして並んでタクシーに乗っているのは、もう少し一緒にお酒を飲んでもいいと思ったのは、了吾を嫌いでなかったからだろう。
< 3 / 5 >

この作品をシェア

pagetop