前奏曲にしては重すぎる執着愛でした
レンゲで掬ったお粥をふうふうと冷ましてひと口。優しい甘さが口の中にほわりと広がった。
「お、お味はどうでございますですか」
「ん、美味しい……です」
口元を押さえてこくこくと頷けば、桃次郎くんは引き攣った笑顔で大袈裟に「あざっす」と土下座した。
そのぎこちなさにはあえて突っ込まずに小鉢によそわれた佃煮を頂けば、しっかりした味が舌から体に滲みていくようで、これまた舌鼓を打った。
「本当に美味しいです。これは桃次郎くんが作った……のではないですね」
真っ青な顔の前で手を小刻みに振る──というか痙攣させる仕草を見れば一目瞭然だった。
「料理の得意な者が居てな。重宝している」
補足をするように言葉を継いだのは橘さんだった。
そうでしたか、と答えた語尾が桃次郎くんに負けず劣らず震えてしまったのは仕方の無いことだろう。
──あの時。
ラブシーン真っ最中の場にやってきた桃次郎くんは、ムンクもかくやというほどの絶望顔ですぐさま回れ右を試みたが、行き当たりばったりの逃走劇はあえなく失敗した。
橘さんが「粥を持って来たのだろう?」と引き止めたのである。
忠犬が逆らえるはずもなく、針のむしろどころかアイアン・メイデンにでも押し潰された悲壮さを全身で表現しながら、桃次郎くんは食卓を準備してくれた。
そして私の感想を料理係に伝えるようにという命令の下、食事に立ち会った彼の哀れなピンク頭は色褪せてしおしおにしなびていたのである。
「あの、土鍋、下げに来るんで、いったん失礼するっす」
私の感想も聞き、橘さんの纏う空気が和らいだと敏感に察知した桃次郎くんは、そそくさと腰を上げて部屋を出て行った。
結局ふたりきりに逆戻りだ。
途端に味の感じられなくなったお粥をもそもそと食みながら、一瞬だけ斜め向かいに座る橘さんに視線を遣る。
どきりとした。
彼は、変わらず私だけを見ている。
レンゲのふちから伝ったお粥がお椀に落ちてぺちゃりと音を立てた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや。私の顔に何かついているかな」
それはこちらの台詞……とは言える訳もない。
それでもなんとか、食事を見られているのは落ち着かないと伝えれば快活に笑われた。
そんなに笑うことだろうか。
むっとしたのを見咎めたのか、彼は口元を覆って笑い声の残滓を隠す。
「すまないな。きみの表情を見逃したくないだけだ」
目を見張るような美丈夫にそうさらりと言ってのけられて、赤面しない女性がいったい何人居るというのだ。
居心地の悪い食事を終え、薬を飲む。ピルケースにある薬はこれで最後だった。
桃次郎くんが下げに来ると言ったにも関わらず、土鍋を持って部屋を出ていこうとする彼は、首だけで振り向いて口角を上げた。
「きみの許しなくして触れるつもりはなかったが、どうやら私も我慢が利くタチではなくてね。頭を冷やしがてら考えを纏めてくるよ。きみは体を休めなさい」
流石に眠る女性に手を出す程、飢えてはいないつもりだ、と結ばれて顔が赤くなる。
数々の疑問が宙ぶらりんのまま、半ば無理やり床に就かされた。
「お、お味はどうでございますですか」
「ん、美味しい……です」
口元を押さえてこくこくと頷けば、桃次郎くんは引き攣った笑顔で大袈裟に「あざっす」と土下座した。
そのぎこちなさにはあえて突っ込まずに小鉢によそわれた佃煮を頂けば、しっかりした味が舌から体に滲みていくようで、これまた舌鼓を打った。
「本当に美味しいです。これは桃次郎くんが作った……のではないですね」
真っ青な顔の前で手を小刻みに振る──というか痙攣させる仕草を見れば一目瞭然だった。
「料理の得意な者が居てな。重宝している」
補足をするように言葉を継いだのは橘さんだった。
そうでしたか、と答えた語尾が桃次郎くんに負けず劣らず震えてしまったのは仕方の無いことだろう。
──あの時。
ラブシーン真っ最中の場にやってきた桃次郎くんは、ムンクもかくやというほどの絶望顔ですぐさま回れ右を試みたが、行き当たりばったりの逃走劇はあえなく失敗した。
橘さんが「粥を持って来たのだろう?」と引き止めたのである。
忠犬が逆らえるはずもなく、針のむしろどころかアイアン・メイデンにでも押し潰された悲壮さを全身で表現しながら、桃次郎くんは食卓を準備してくれた。
そして私の感想を料理係に伝えるようにという命令の下、食事に立ち会った彼の哀れなピンク頭は色褪せてしおしおにしなびていたのである。
「あの、土鍋、下げに来るんで、いったん失礼するっす」
私の感想も聞き、橘さんの纏う空気が和らいだと敏感に察知した桃次郎くんは、そそくさと腰を上げて部屋を出て行った。
結局ふたりきりに逆戻りだ。
途端に味の感じられなくなったお粥をもそもそと食みながら、一瞬だけ斜め向かいに座る橘さんに視線を遣る。
どきりとした。
彼は、変わらず私だけを見ている。
レンゲのふちから伝ったお粥がお椀に落ちてぺちゃりと音を立てた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや。私の顔に何かついているかな」
それはこちらの台詞……とは言える訳もない。
それでもなんとか、食事を見られているのは落ち着かないと伝えれば快活に笑われた。
そんなに笑うことだろうか。
むっとしたのを見咎めたのか、彼は口元を覆って笑い声の残滓を隠す。
「すまないな。きみの表情を見逃したくないだけだ」
目を見張るような美丈夫にそうさらりと言ってのけられて、赤面しない女性がいったい何人居るというのだ。
居心地の悪い食事を終え、薬を飲む。ピルケースにある薬はこれで最後だった。
桃次郎くんが下げに来ると言ったにも関わらず、土鍋を持って部屋を出ていこうとする彼は、首だけで振り向いて口角を上げた。
「きみの許しなくして触れるつもりはなかったが、どうやら私も我慢が利くタチではなくてね。頭を冷やしがてら考えを纏めてくるよ。きみは体を休めなさい」
流石に眠る女性に手を出す程、飢えてはいないつもりだ、と結ばれて顔が赤くなる。
数々の疑問が宙ぶらりんのまま、半ば無理やり床に就かされた。