前奏曲にしては重すぎる執着愛でした
「……あ、先輩からメッセージ。一応心配してくれるんだ」

橘さんにああ言われたものの、おやすみ三秒とはいかず、寝転がったままスマホのチェックを始めた。
先輩からのお見舞いメッセージは有難いものの、パクチーをたかる腹積もりが透けて見えてこれは休み明けが大変だな、とため息をつく。
ヤクザさんのお宅に厄介になっていることはもちろん伏せて、療養中である旨を連絡する。
すると、なんだかよくわからないデフォルメキャラのスタンプだけが返ってきた。
とぼけた表情にふっと肩の力が抜ける。ここ半日でこんなに先輩に感謝したことはなかった。
気分が良くなったところで少しだけ、とSNSをチェックしていると、お気に入りの腕時計ブランドが新作を発表していた。

「わ、相変わらず綺麗」

律、という名前のおかげなのか、音楽には縁がある。
つい持ち物のモチーフや柄に音符や楽器を選ぶことから、キークリップやチャームなどを改めてチェックすれば、ひとりで楽団ができそうな時もある。
そんな私のお気に入りは、今身につけているこの腕時計ブランドだ。
モノトーンで統一されたデザインの中に遊ぶ鍵盤や五線譜。
装いを選ばないシンプルな外観もいつでも身につけられる気安さがあるし、自分の好きをあしらった腕時計を身につけていたら気分も上がるというものだ。

「今回もなかなかのお値段だ……うう、流石に時計ばかり買えない」

いくら買おうともつける腕は二本しかないんだし、と自分に言い聞かせて、カートボタンが目に入らないように商品画像を閉じた。

すると、姉妹ブランドのバナーが目に入る。ふと興味を惹かれてタップした。
紳士物を扱うサイトだった。
ふうん、と買う気のない気楽さからすいすいスクロールしていく。
ループタイやネクタイピンも品が良いものだった。父の日が近ければもっと熱心にチェックしたかもしれない。
カテゴリ一覧に懐中時計があった。
普段は縁のないアイテムだ。
しかし懐中時計を見つけてくれと頼まれたことからから、私は今、ヤクザのお宅で療養する羽目になっている。
これも何かの縁だろうかと懐中時計のページへ飛んで──言葉を失った。

五線譜。文字盤を縁取る鍵盤。ト音記号の秒針。
昨日の覚束無い桃次郎くんの説明が浮かぶ。

──表面はシマシマ、黒い丸がいくつかある。

まさか、あれは楽譜のことを指していたのか。

あの時見せられた懐中時計と同じデザイン。
何処かで見たような柄なのも当然だ。私が毎日身につけているブランドなのだから。

「え、橘さんも、これを?」

一番下までページをスクロールすると企業情報のリンクがある。タップする直前で、襖が開いた。
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