僕と一緒に、楽園へ行こう。
気が付けば、彼は目を閉じて、彼女との思い出をゆっくりと語り始めた。
「君に思い出してもらおうと思って何度も会いに行ったのに、君はいつしか、僕に笑いかけてくれなくなったね」
彼の瞼の裏には、笑顔が固くなった彼女の姿が浮かぶ。
「でも君は、誰にも頼ることを知らずに、一人で抱え込んでいたよね。
何かに怯えながら道を歩く君の姿に、僕は胸が締め付けられるように痛んだんだ」
まさか彼女をストーカーする人間がいただなんて。彼は予想もしていなかった。でも彼女は可愛いから狙われるのも仕方がない。
本気でそう思っていた彼は、彼女が何に苦しんでいたのか。その本質を知ろうとすらしていなかった。
「君が警察に行ったことも知っていたよ。でも、特に何の協力も得られなかったんだよね?僕は愕然としたよ。君が勇気を出して相談に行ったのに、何もしないだなんて。
君を怖がらせただけでも許せないのに。その犯人を捕まえようとしないだなんて、それでよく警察を名乗れるなって。許せなかった」
落胆した様子で警察署を出てきた彼女を、彼は知っていた。
「それを見て、僕は思ったんだ。
警察なんか役に立たない。それならば、僕が君を守ろう。でも、僕が君を守るなんて言ったら、君は優しいからきっと、遠慮してしまう。
だから決めた。
"それなら僕が、陰から君を支えよう"
そう決めたんだ」
正義感に満ち溢れたような表情は、狂気すら感じる。
「君を守るために、こっちに来てから始めた仕事も辞めたよ。君の役に立てるのならば。そう思ってすぐに実行に移したよ。
だからいくらでも時間はあったんだ。ずっと君のことを見守っていたよ。
だからほら、僕がそばにいる間は不審者にも会わなかっただろう?きっとストーカーも、僕が君を守っていることを知って逃げて行ったんだ。
それでも君はまだ怖がっていたけれど、僕が見ている中ではその後も怪しい人なんてどこにもいなかった」
しかし、彼の中ではこれが正義であり、これが愛だった。
「でも僕が君を守ることをやめてしまったら、多分またそのストーカーは君を狙うだろう」
大丈夫。君のことは僕がずっと守るから。彼は彼女にそう言いたかった。しかし、当たり前だが彼女はすぐに逃げてしまうから。
だから彼は、自分の都合よく解釈してしまう。
「きっと、僕が君を守っていることに気が付いてたんだよね。でも恥ずかしかったんだよね?だから僕の顔を見ると、すぐに顔を逸らして逃げてしまうんだ」
「そんな姿も可愛かったよ。でも、やっぱりあの笑顔が見たくて。君の笑顔を取り戻すためなら、僕は何だってできると思ったよ」
そう呟いて、目を開ける。
いつしか月明かりが部屋の中に差し込むくらい、外は暗くなっていた。
彼女の顔も近付かないと、よく見えない。
しかし、彼は明かりをつけるつもりは無いようだった。
「暗いね。でも、その方が君の素敵な笑顔を誰にも見られなくてすむ。
ストーカーは結局僕には捕まえられなかったけれど、でも大丈夫。僕と一緒にいれば、君はずっと安全だからね」
そっと顔を寄せ、その頬にキスをする。
「奴に気付かれないように君を匿うには、ああするしかなかった。手荒な真似をしてごめんね。でも、これも全部君を守るために必要なことだから」
彼女の指先一本一本にキスを落とす彼は、彼女をここに連れてきた数時間前のことを思い出した。