宝来撫子はマリッジブルー
第十一話 襲撃

◯数日後、私立R女子学園高等学部。

放課後の、三年F組の教室。

麗華と窓辺に立ち、窓から見える校庭のグラウンドを見つめている撫子。

ラクロス部の部員達が準備運動をしている。



撫子〈悔しそうな表情と声で〉「……もう私が折れるしかないわ。アルバイトを辞めて、受験を断念して、あいつと……、結婚……っ!!」

麗華「そんな、早まらないで!何か良い解決策を考えなくちゃ」

撫子「でも、柊くんに何かあったら……。私、申し訳なさすぎて、何度死んでも死にきれない」

麗華「……それだけ好きなんだね」



撫子は黙って頷く。



◯スーパーマーケット「ぜんきち」がある、商店街。

アーケードの中を歩いている撫子。



撫子(考え事したいから、車に乗らずに歩いて来たけれど)

(……そう簡単に解決策なんて浮かばないのね)



柊「宝来さん」

撫子〈振り向いて〉「柊くん」

柊「こんにちは」
〈元気がない〉



撫子は柊が私服姿なことに気づく。



撫子(珍しいわ。いつも学校帰りで制服姿なのに……。それに何だか、元気がない感じ)



撫子「あの、何かあったんですか?」



柊は少しためらったあと、「実は……」と俯く。



柊「父親が何故か急に、解雇されたらしくて」

撫子「えっ!?」

柊「いや、あの、オレもあんまり詳しくはわからないんですけれど……」

撫子「……っ」
(ま、まさか……!?)

柊「家族間で大騒ぎで、今日は学校も早退したんです。でも、シフト入ってるから、とりあえずバイトには行って来いって言われて」



撫子(まさか、これって……)



柊「あ、ごめんなさい。あの、忘れてください」

撫子「いいえ、謝らないといけないのは、私のほうなんです」

柊「えっ?」



商店街の一角、人通りの少ない場所に移動するふたり。



撫子が「実は昨日……」と話し始めた時、スーツ姿でサングラスをかけた複数人の男達がふたりを取り囲む。



撫子、柊「!?」



柊は撫子を庇うように一歩前に出て、自分の背中に撫子を隠す。



撫子(柊くんっ!)



男1「柊 紡だな?」

柊「……っ!?」

男1「これ以上調子に乗らないほうがいい」

男2「もう撫子お嬢様と関わるな」



柊は驚いた目で、撫子を見る。



撫子(おじいちゃまか、早乙女 拓磨のどちらかの使いの者なんだわ!)



柊は男達をまっすぐ見て、「あの、どういうことなんですか?」と尋ねる。



男3「どういうことなのか、お前にはわかっているはずだ」

柊「?」

男3「まずは父親からだった」

柊「!!」

男3「撫子お嬢様とこれ以上関わると、父親と同じように、痛い目に遭うぞ」



黙っていた男4が、撫子の腕を強引に掴む。



男4「さぁ、お嬢様。一緒に来てください」

撫子「嫌よっ!離して!離しなさい!!」



柊が男4と撫子の間に入り、男4を睨む。



柊「乱暴なことはしないでください」

男4「……君にはどうしようもないことなんだ。ただ黙って身を引くことすら出来ないのか?」

柊「!?」



男4が撫子をぐいっと引っ張る。

柊はポケットからスマートフォンを取り出し、男4に向けてそれをかざした。



パシャッ!



男4「!?」

柊「写真に撮りました。これを持って、警察に行きます。それが嫌なら、宝来さんを離してください!」



スーツ姿の男達は顔を見合わせ、頷く。

男4が撫子を離す。



柊「宝来さん、大丈夫ですか?」

撫子「私は大丈夫ですっ、柊くんは!?」



柊は笑顔で頷く。



男4「気をつけろ、俺達は見ているからな」



男達は去って行く。



撫子「ごめんなさい、柊くん。全部、私のせいです」



撫子(おじいちゃまと早乙女 拓磨のどちらかはわからないけれど)

(ここまでやるなんて……)



撫子の顔から血の気が引く。



撫子(私ひとりでは、もう太刀打ちできない)



撫子「柊くん、私……、アルバイトを辞めます」

柊「えっ?」

撫子「それから柊くんのお父様がまた働けるように、頑張ってみます。きっと私が行動を改めることで、解決できると思うの」

柊「……」

撫子「本当にごめんなさい、許してください」



撫子は深々と頭を下げる。



柊「辞めちゃうんですか?」

撫子「はい」

柊「宝来さんはそれでいいんですか?」

撫子「……」



撫子の視界が揺らぐ。

みるみるうちに涙が目に溢れている。



撫子(ダメよ)

(柊くんにお別れを言いなさい、撫子!)



柊はニッコリ笑って、「大丈夫です」と言う。



柊「大丈夫だから、謝らないで。何か他に解決策があるかもしれないですよ」



撫子の頭を優しく撫でる柊。

撫子の目から涙がこぼれ落ちる。



柊「一緒に頑張りましょう」



撫子は涙を流しながら、無言で何度も頷く。



撫子(……守りたい)

(他の誰でもない、柊くんを)

(私は全力で守るわ)



撫子「柊くん」

柊「はい」

撫子「私、頑張りますから」



そう言った撫子の両頬を、柊の両手がみょーんと伸ばす。

柊の表情は、ほんの少し怒っているように見える。



撫子「ふぇっ?」

柊「約束してくれませんか?」

撫子「ふぁにほぉ?(何を?)」

柊「宝来さん、ひとりで抱え込まないでください」

撫子「!!」

柊「ひとりより、ふたりです」



柊は再び笑顔になって、頬から手を離す。



柊「一緒に頑張りましょうね」



温かい気持ちになって、また泣きそうになる撫子。

ぐっとお腹に力をこめて笑顔を見せる。



撫子「心強いですっ」



◯スーパーマーケット「ぜんきち」の前。

柊と共に裏口に回ると、その出入り口にゴミが散乱している。



撫子「えっ、な、何!?」

柊「これは!?」



散乱したゴミのすぐそばに破れたゴミ袋と、倒れたゴミ箱が置いてある。



撫子「ひどい、誰かが故意にやったんだわ」

柊「……とにかく、掃除用具を持って来ます」



柊が店の奥に入って行く。

その時、撫子のスマートフォンに着信がある。

画面を見ると、拓磨からの電話だった。



撫子「もしもし」

拓磨『気をつけたほうがいいですよ。彼がつらい目に遭わないように、あなた自身が変わってください』

撫子「……っ!」

拓磨『僕にも、あなたのおじいさまにも、彼を潰すことなんて簡単なんです』



そこで一方的に電話が切れる。

「ツーツー」と聞こえてくるスマートフォンに向かって、撫子はすぅっと息を吸う。



撫子〈大声で〉「覚えてなさいよっ!!あんたなんか、怖くないんだからっ!!!」



スマートフォンを乱暴な手つきで鞄に片付けるけれど、撫子の背中は恐怖心から少し震えていた。

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