宝来撫子はマリッジブルー
第十二話 宣戦布告
◯数日後のスーパーマーケット「ぜんきち」の休憩室。
撫子は入り口近くのテーブルに座っている三角に手招きされた。
近寄ると、三角の他にふたり、女性従業員がいる。
鮮魚係の山村と、日配係の黒部だった。
山村「宝来さん、大丈夫だった?」
撫子「えっ?何がですか?」
山村「私が店に来る時にね、あなたのことを色々聞いてくる人がいたの」
撫子「えっ?」
(それって、またあのスーツの男の誰か?)
山村「よく知りませんって言い通したけれど、ちょっと心配でね」
山村はラップに包まったおにぎりを取り出し、もぐもぐと食べ始める。
左手薬指には結婚指輪が光っている。
黒部「私も似たような感じだったの。宝来さんについて何か気になることはないですか?って聞かれたのよ、スーツ姿の屈強な感じの男に」
撫子(やっぱり……、あの人達の誰かなんだわ)
三角(心配顔で)「何かしたんですか?宝来さん」
撫子「……いえ、まだ、何も」
三角「?……『まだ』って?」
黒部は三角の肩に手を置き、首を振る。
黒部「何かあるんだろうけど、でも言えないことなのよ、きっと」
三角「え?」
黒部「宝来さんって、ほら、お嬢様じゃない?」
撫子「えっ?」
(誰にも宝来堂の家の者だとは言ってないのに)
撫子の丸くなった目を見て、黒部は笑顔になる。
黒部「わかるよー!アルバイト先にあんな大きな車で送迎されてるの見たら、お金持ちの家なんだなって」
山村「なんでアルバイトしてるの?って思ってたけどね。宝来堂のお嬢様が」
撫子「どうして宝来堂って……」
山村「え?だって、あなたの名字でお金持ちの家の子って考えたら、宝来堂でしょう?」
撫子「……」
三角「なるほど、単純明快ですね」
山村「褒めてくれてる?」
三角〈真剣な眼差しで〉「褒めてます、褒めちぎっています」
撫子以外、クスクス笑う。
撫子は不安な表情で「ご迷惑をおかけして、すみません」と、頭を下げる。
黒部は撫子に笑顔を向ける。
黒部「私達は大丈夫だよ!宝来さんが危険な目に遭わないように、あったことを伝えたかっただけ」
◯アルバイトが終わって、店から出る撫子。
裏口には、また新たにゴミが散乱している。
撫子「!!」
撫子は掃除用具を持ってきて、散らかっているゴミを片付け始める。
撫子(……負けない)
(こんな嫌がらせに、負けたくないっ!)
片付け終わり、掃除用具を戻しに行くと、店の奥から柊がやって来た。
柊「宝来さん、お疲れ様です」
撫子〈不安な表情で〉「……柊くん!何もない?怪しい人に何かされたりしていませんか?」
柊〈心配顔になる)「オレは大丈夫ですけど、宝来さんは?何かあったんですか?」
撫子は首を振り、「何もないなら良かったです」と、胸を撫で下ろす。
◯スーパーマーケット「ぜんきち」から柊と出て来た撫子。
澄んだ夜空に星が見えて、吐く息も白い。
柊「星、すっごく見えますね」
柊と夜空を見上げていると、コツコツと足音がする。
スーツ姿の男がふたり、近づいて来る。
撫子「柊くん、逃げて」
柊「そんなこと出来ません」
撫子「わたしは大丈夫だからっ!」
男1「……忠告しましたよ、撫子お嬢様」
撫子「!」
男2「なのに、あなたはまた、そんな奴といるんですか」
撫子「あなた達よね?店に嫌がらせしているのは」
男達は顔を見合わせて、黙っている。
撫子「私のことも嗅ぎ回っているようだけど、迷惑だわ。あなた達のボスに伝えて」
男1「?」
撫子「どうせなら堂々と文句を言いに来いって」
男2「後悔しますよ」
撫子「怖くないわっ!……いい?回りくどいことは嫌いよ。私と直接勝負しなさいって、あのクソ婚約者に伝えてちょうだい」
男達は再び顔を見合わせる。
男1「あなたは勘違いをしている」
柊「どういうことですか?」
男2「俺達のボスは、あなたのおじいさまです。撫子お嬢様」
撫子「……っ!!!」
◯その夜、宗一の屋敷の門の前。
インターホンを何度も何度も押して、押しまくる撫子。
田邊〈インターホン越しに苛立った声で〉「そんなに何度も何度も押さなくてもっ!!今、出ますよっ!!!」
門を開けにやって来た田邊は、「こんな時間に何ですか?」と、撫子に尋ねる。
撫子「決闘よ!!!」
勇ましく言い捨てた撫子は、ズカズカと屋敷の奥へ進む。
◯リビングの扉を勢いよくバァンっと開ける撫子。
ソファーに座っていた宗一が、大きく目を見開いてドアのほうを振り返る。
宗一「何事だ!?」
撫子「何事もクソもないわっ!!!」
宗一「なんだっ!その下品な物言いは!!」
撫子は眉間のシワを深くして、鼻息も荒い。
撫子「怒り狂っているからよ!!!」
宗一「落ち着きなさい、撫子!!」
撫子「落ち着け!?よく言えるわね!!」
持っていた鞄を床に叩きつける撫子。
バンっと派手な音がリビングに響く。
撫子「柊くんは関係ないのよ!『ぜんきち』にだって、そこの従業員の方々だって、関係ないわ!!」
宗一「……」
撫子「何も言えないの!?おじいちゃま!!」
宗一の表情が悲しそうに歪む。
宗一「仕方がないだろう!!お前がそんなふうなんだからっ!!」
撫子「はぁ!?私がどんなふうなのよ!!」
宗一「……調べたよ。お前が好きな男のことを」
撫子〈カッと赤くなる撫子〉「……っ!!」
宗一はソファーから立ち上がり、撫子のほうへ近づく。
宗一「お前はあの男に真っ直ぐ過ぎる。もう、あの男しか見えていないじゃないか」
撫子「……」
宗一「それじゃあ、ダメなんだよ。撫子、宝来堂のためにはならない」
撫子「やめて」
宗一「あの男さえいなくなれば、拓磨さんを見てくれるんだろう?」
撫子「おじいちゃま、やめて」
宗一「……言ったじゃないか。全力で潰すって」
撫子の前に来て、じっと撫子を見つめる宗一。
その目は、悲しい色をしている。
撫子「戦うわ」
宗一「え?」
撫子「私は柊くんのために戦うわ」
撫子は宗一をキッと睨み、鞄を持って部屋を後にする。
◯翌日の夕方、スーパーマーケット「ぜんきち」の前。
またゴミが散乱していて、それを店長が片付けている。
店長「あ、宝来さん」
撫子「店長、手伝います」
ふたりでゴミを片付ける。
店長「なんでかなぁ?最近多いんですよ、こういうの」
撫子「……すみません」
店長「ん?なぜ宝来さんが謝りますか?」
撫子「店長や従業員のみなさんに、お話しておきたいことがあります」
◯「ぜんきち」の休憩室。
店長と、複数人の従業員が撫子の前に集まった。
撫子「お時間割いていただき、感謝致します」
店長「何かあったんですか?」
撫子「実は……」
撫子は自分の家のこと、意志に関係なく婚約したこと、最近続いている嫌がらせは、自分に向けてされていることだと話した。
撫子「……私、婚約破棄を目指して動きますっ」
店長と従業員「……」
撫子「だからこの嫌がらせは続くと思うんですけれど、でも……、そんな私に協力してくれませんか!!」
撫子が手を挙げると、目をぱちくりしていた店長が、「もちろん」と、手を挙げた。
すると従業員の人達もみんな、「協力しますっ!」と、手を挙げてくれる。