宝来撫子はマリッジブルー
第十三話 悪い奴
◯数日後、スーパーマーケット「ぜんきち」の店の前。
店長と撫子が貼り紙をしているところへ、柊がやって来る。
撫子「柊くん!見てくださいっ、これ」
撫子の手には、両目のイラストが描かれたポスターが何枚かある。
そのイラストは険しくこちらを見ているようで、赤い文字で「見ているぞ」と書かれている。
撫子「警告のイラストです。あの人達が悪さをする気が失せるといいのだけれど!」
柊「すごい……、宝来さんが描いたんですか?」
撫子「あら、下手だから効果ないかしら」
店長「大丈夫だよ、宝来さんの意気込みが感じられて、いい絵だよ」
撫子〈不敵に笑って〉「ですよね?」
店長「うん。または執念、いや、怨念とも言えるかな」
撫子「意気込みでお願いします、店長!」
柊「あはははっ」
店長が撫子からポスターを受け取り、裏口に向かう。
そこには防犯カメラが二台、新たに取り付けられていた。
柊「増えていますね」
店長「うん。ゴミを荒らされるのも、やっぱり嫌だからね。それに、悪いことをされて黙っていられない」
店長はポスターを裏口の壁に貼る。
撫子「すみません、私のせいで」
頭を下げようとする撫子に、店長と柊が同時に「ストップ」と声をかける。
柊「宝来さんが悪いんじゃないです」
店長「そうですよ、宝来さんがゴミを散乱させたわけじゃないんだから」
撫子「……っ」
〈ふたりの言葉が嬉しくて、感動した顔〉
その時、三角が店の奥から走ってくる。
三角「て、店長ーーーっ!!」
店長「どうしましたか!?」
ゼェゼェ言いながら三角は息を整える。
三角「お、男がっ!!店内で暴れていますっ!!」
撫子、柊、店長「!!!」
◯「ぜんきち」の店内。
上下共黒い洋服を着て、黒いキャップを被った痩身の男が、店内の商品を乱暴に掴んでは、床に投げつけている。
それを見た買い物客達がレジカゴを床に置いて、逃げ出すように店の外へ逃げて行く。
撫子「!!」
店長「こらっ!あんた、何やってるんですか!!」
「ぜんきち」の男性従業員が男に近づき、「やめてくださいっ!」と男の腕を掴む。
男は黙って男性従業員を見つめ、その手を振り払う。
そして「柊か?」と、小さな声で尋ねる。
撫子、柊「!!」
店長は撫子と柊を見て、「黙っていなさい」という意味で、首を横に振る。
男は野菜が並んだ商品棚から人参を掴み、男性従業員に投げつける。
男「柊を呼べ!」
男性従業員「いい加減にしてください!」
男「柊以外には用がないんだ、柊を今すぐ呼べ!!」
撫子は俯いて、ぎゅっと両手を握りしめる。
そして顔を上げた時に「よしなさいっ!!」と大声を出す。
男「!」
撫子「あなた、どうせおじいちゃまの部下か何かでしょう?」
男「……?あんた、撫子お嬢様か?」
店長「やめなさいっ、宝来さん、黙って!!」
撫子はつかつかと男に歩み寄る。
男「あんたが撫子お嬢様なら、一緒に来てもらう。でもその前に、柊はどこだ?」
撫子はポケットからスマートフォンを取り出し、男の顔の前にかざした。
パシャ!
男「?」
撫子「柊くんだって、あなたになんか用はないのよ!!」
男「はっ!?」
撫子「おじいちゃまに伝えて!!こんなことするなんて、おじいちゃまを軽蔑するわって!!」
男「さっきから何を言って……」
撫子「しらばっくれんじゃないのよ!!わかってるんだから!!」
男「?」
撫子「いい?大人しくしなさいっ!!あなたの顔は写真に撮ったわ!逃げたって、無駄よ!警察に突き出すんだから!!」
男は急に困った顔をして、うろたえる。
男「話が違う!!」
撫子「はっ?」
男「俺は柊っていう悪い奴を捕まえに来たんだ!!撫子お嬢様をこの店から連れ出せって!!」
撫子「はぁっ!?」
男がキャップを取った。
撫子や柊と同じくらいの、十代に見える。
撫子「あなた、いくつ?」
男「は?関係ないだろ」
撫子「おじいちゃまの部下じゃないわよね?」
男「オレはあんたのおじいちゃんなんか知らないけど」
撫子「!!」
男「良いバイトがあるって頼まれたんだよ。柊って奴をこらしめたら、いくらでもバイト代くれるって!このスーパーもこらしめたら、バイト代はずむって!」
店長「そんな!」
柊は男の前に近寄って行く。
柊「オレが柊です」
男「!!」
男は目を丸くしている。
男「え、高校生?」
柊「?」
男「どういうこと?オレと同じくらいじゃね?」
撫子「あなた、誰に、どんな説明を受けたの!?」
男はぼんやりと撫子と柊を交互に見て、気の抜けた声で答える。
男「なんとかって会社の、……コ?コン?……忘れたけど、すっごい偉い人の部下だって言ってた。スーツ着て、すごいちゃんとした感じの人に説明されて……」
撫子「!」
(早乙女コンツェルンだわ)
男「柊って男は悪い奴なんだって。撫子お嬢様をたぶらかすんだって。未来の旦那になる人がいるのに。撫子お嬢様はそいつに洗脳されているから、助け出さなくちゃって。だから、柊をこらしめたらお礼する、警察に突き出されることもない、みんな困ってるから、みんな感謝するからって」
撫子「は?その言葉、鵜呑みにしたの!?」
男「だって、オレ、そういうの許せないから。オレの母さんも昔、どっかの男にたぶらかされて、家の金持ってその男の所に行って……。 父さんは苦労したから」
男は項垂れてから、柊を見る。
男「オレ、金欲しかったし。捕まることもないなら、じゃあ、やろうって……」
柊「……」
男「でも、こんな子どもだとは思ってなかった。たぶらかすとか、洗脳とか、この人……、全然しそうにもないし」
柊「はい。そんなことはしません」
男「何だよ、オレ、騙されてたの?」
◯数時間後、スーパーマーケット「ぜんきち」の前からパトカーが去って行く。
パトカーの中には、警察官ふたりの間に店で暴れていた男が乗っていた。
撫子「……柊くん、ごめんなさい」
柊「ん?何がですか?」
撫子「私のせいで……」
言い終わらないうちに、撫子の頭をそっと撫でる柊。
柊「大丈夫です」
〈ニッコリ笑う〉
撫子「……柊くん」
(その笑顔で)
(一体何度、気持ちが軽くなったんだろう)
店長が店から、ひょこっと顔を出す。
店長「ふたりともー、店内の片付けを手伝ってー!」
撫子も柊も少しビクッとしてから、顔を見合わせて笑う。
撫子、柊「はいっ」
◯「ぜんきち」の片付けが終わり、営業も終了した頃、「ぜんきち」の前。
柊と撫子は「また明日のバイトで」と挨拶して別れ、柊は駅に向かって歩き出し、撫子は迎えに来た車のドアを開ける。
車の後部座席には宗一が乗っていた。
撫子「おじいちゃま!!」
宗一「……話があってな」
撫子は車に乗る気が失せて、ドアを閉める。
その時、柊の「うわあっ」という声が聞こえた。
撫子「!?」
駅に続く道を見る撫子。
撫子は目を見開き、走って行く。
そんな撫子の一連の動作を見た宗一は「何事だ?」と呟き、車を下りる。
撫子は走りながら、「やめてっ!!」と叫ぶ。
男が、誰かに馬乗りになっているのが、宗一からも見えた。
宗一「な、何だ!?」
その男の動作から、誰かを殴っていることがわかる。
宗一「撫子っ!!危ないっ!!近寄るな!!」
撫子には宗一の声が聞こえていない。
撫子「柊くんっ!!!」
撫子の叫び声から、殴っているか、殴られているどちらかが、柊なのだと宗一は理解した。
撫子は誰かに殴られている柊のそばまでかけ寄り、馬乗りになっている誰かの振りあげた腕を無我夢中で掴もうとする。
でもうまく掴めず、拳が撫子の腕に鈍い音を立てて当たる。
撫子「うっ!!」
誰かは驚いて、撫子を見た。
撫子はその誰かと目が合い、驚いて目が離せなくなった。
「撫子さん」と呟いたその誰かは、早乙女 拓磨本人だったから。