宝来撫子はマリッジブルー
第十五話 未来に続く約束
◯スーパーマーケット「ぜんきち」の近く、商店街の中。
夜も遅いので、人通りが全くない。
宗一「あっぱれだ!!見直したぞ!!」
宗一は拍手をしている。
宗一「撫子、私が悪かったよ。決心がついた!!」
撫子「おじいちゃま?」
宗一は拓磨をじっと見つめる。
宗一「この結婚話は、白紙に戻す!!!」
撫子、拓磨〈拍子抜けした顔〉「えっ……?」
宗一「宝来堂は早乙女さん、あなたの力……、いえ、あなたの家の財力がなくても、踏ん張ってみせます!」
拓磨「何を、今更……!」
宗一〈撫子を見て〉「こんなに頼もしい孫と、明日を信じて地道にやっていくことも、宝来堂らしいです」
目をぱちくりさせている撫子に、宗一はニッコリ笑う。
拓磨〈目を丸くして〉「信じられないっ」
宗一〈拓磨に向き直り〉「……早乙女さん、あなたと宝来堂はもう、無関係だ。これ以上関わることもないし、関わる気もない」
拓磨「何を言っているのか、わかっているのか?宝来さん、あんたは後悔する。僕は宝来堂を潰すことだって出来るんだぞ」
宗一〈笑顔を崩さず〉「そうは思わない。言ったはずです。あなたとは金輪際関わりを持たない、と。それがどういうことか、あなたも考えてみるといい」
拓磨「……?」
スーツ姿の男が拓磨に近寄る。
男「あなたのしたことを、世間が知ればどうなるかわかりますか?あなたの家や、会社は?」
拓磨「何だ、脅すつもりなのか?それだったら、あのじいさんだって同罪だ!」
男「……あなたはそれを証明出来るんですか?」
拓磨「……!!」
拓磨は固まる。
目を見開いて、宗一を見つめる。
宗一「……そんな目で見ないでくれ。私は自分の犯した罪からは逃げない。謝罪もするし、償うつもりだ」
拓磨「……う、嘘だっ」
宗一「嘘かどうか、試してみるといい。……でも、あなたは?」
拓磨「!」
宗一「さっき言っていた、柊くんを排除しようとしたことも、反応を見たかったという理由でナイフを彼に振りかざしたことも、どうやって償うおつもりですか?」
拓磨「……」
男「失礼だとは重々承知しておりますが、早乙女様の先程の言動全てを、録画しております」
拓磨「は!?」
男「私のかけているこのサングラスには、カメラが内蔵されているんです」
拓磨「なっ!?よ、よこせ!!そのサングラスを早く、僕に!!」
拓磨が強引にサングラスを奪おうと、手を伸ばす。
しかし男はあっさり避ける。
男「おやめください。そんなことをなさっても、私のこのサングラスで録画されている映像は、スマートフォンのアプリに自動転送されていますし、社員に共有されております」
拓磨「何だって!?」
宗一が杖を地面に勢いよく「ゴンッ」と音を立てて打ち付ける。
宗一「あなたのために言っています。もう金輪際、宝来堂及び宝来の家の者に関わらないと、約束してくださいますね?」
拓磨「……っ」
撫子「おじいちゃま、付け加えて!柊くんと、柊くんの家の方々にも、もう関わらないで!!」
宗一「そうだな、それがいい。……わかりましたね?」
拓磨「はぁ?そんなことが通ると思っているのか!?宝来 撫子、僕にはお前の発言を録音したものがあるんだ!!それを柊に聞かされたくなければ……!!」
撫子「!!」
柊は拓磨を見つめる。
柊「何を聞かされても、オレはあなたを信じないです。そんなことで宝来さんを脅すのは、やめてください」
撫子「柊くん……!」
宗一「どうしますか?早乙女さん。約束してくださいますよね?」
拓磨「……く、くそっ!約束すればいいんだろう!?」
男「もしあなたが約束を破ったなら、この映像を……」
脅しともとれるスーツ姿の男の説明をがっくり項垂れて聞いていた拓磨。
その後、力無く、去って行った。
◯宝来家の車の中。
撫子と柊が隣り合わせに乗っていて、向かいに宗一が座っている。
撫子「……柊くん、まだ痛む?」
柊「あ、大丈夫です。ありがとう、平気」
〈ニッコリ笑う〉
「痛っ!」
宗一「口元が切れているからな」
口元をおさえつつ、撫子を見る柊。
柊「……宝来さん」
撫子「はい」
柊「さっきはありがとう。庇ってくれて……」
撫子「柊くんが刺されなくて、本当に良かったです」
柊「オレも、宝来さんが無傷で良かったです。危ない目に遭わせてしまって、ごめんなさい」
撫子「……そんな!それは私のほうこそ!」
ふと、窓の外の景色が目に入った撫子。
撫子「あの、止めて!」
運転手「えっ、あ、はいっ!!」
宗一「何だ?」
柊「?」
撫子「おじいちゃま、柊くんとふたりになってもいい?」
宗一「?」
撫子「確認するけれど、私、もう自由なのよね?あの人と結婚しなくてもいいのよね?」
宗一はゆっくり頷く。
それを見た撫子の目は潤む。
柊「良かったですね、宝来さん」
撫子「はいっ」
撫子は柊を見つめて、「お願いがあるんです」と言う。
撫子「私の話、聞いてくださる?この場所で、柊くんに伝えたいことがあるの」
柊が頷くと、車を下りる撫子。
撫子に続いて、柊も車から下りる。
そこは以前、ふたりで並んで夕焼け空を見た、街に流れる川沿いの土手だった。
◯土手に立つふたり。
暗くて、川もあまり見えない。
夜空には月が浮かんでいて、かすかな月明かりでお互いの顔が見える。
撫子「柊くん、私……」
柊「はい」
撫子(やっと言えるんだわ)
(ずっと言いたかった)
(私、この瞬間のために)
(今まで困難に立ち向かっていたんだわ)
撫子「……好き、です」
柊「!!」
撫子はニッコリ笑って、でも目には大粒の涙が光っている。
撫子「好きですっ、私は、柊くんのことが好きなんです」
柊「宝来さん……」
撫子「私が結婚したいって思うのは、たったひとりなんです。柊くん、あなただけ」
柊の顔が赤くなる。
柊「……あの、嬉しいです」
撫子「本当に?」
柊「オレ、宝来さんと一緒にいるの、楽しくて。そばにいられると嬉しくて」
撫子「!」
柊は撫子に真っ赤な笑顔を向ける。
柊「だって、オレも好きだから」
撫子は嬉しさと驚きで、次々とこぼれる涙を拭うことさえ忘れてしまう。
撫子「……今じゃなくてもいいの、でも、いつか。……いつか、私と毎日を過ごしてくださいますか?」
柊は撫子に一歩近寄って、指の先で撫子の頬に流れる涙を拭う。
柊「喜んで!!」
満面の笑みになった柊は、「痛っ」と言いながら、でもニコニコ笑っている。
そんな柊を撫子は自分からぎゅうっと抱きしめる。
柊「わっ、宝来さんっ!?」
撫子「夢みたいです……っ!」
柊「夢じゃないです」
柊は撫子の背中にそっと両手をまわして、優しく抱きしめ返す。
撫子(未来に続く約束が)
(こんなにも嬉しくて)
(待ち遠しいだなんて)
(私、初めて知ったわ)
撫子「好き、大好きっ、柊くんっ」
撫子(もうマリッジブルーにはならない)
(私、楽しみで仕方ないわ)
(未来で、柊くんとの日々が待っていると思うと頑張れる)
(強くも、優しくもなれるんだわ)
月明かりが優しく、撫子と柊を照らしている。
夜空の雲がひいて、冬の星座がふたりを祝福するようにキラキラと輝いていた。
ーーー完ーーー