初恋のつづき
……不肖私有賀 千笑は、有賀姓になるまでの十八年間を〝遠野 千笑〟として生きていた訳で。
どちらかといえば〝有賀 千笑〟歴の方がまだ浅い私は、だからつい反射的に返事をして振り返ってしまった。
「……やっぱり。名字違うし見た目も多少変わってるけど、声は全然変わってないからすぐ分かった」
「………」
……声……。声か……!
確かに、昔から見た目も中身も平凡だった私でも、声は綺麗だと褒めてもらえることが多かった。
かつて古文のおばあちゃん先生に、音読が終わったあと『あなたの声は迦陵頻伽……、つまり、とても美しい声ですね』と全く聞き慣れない四字熟語であまりにも恐れ多い褒められ方をして、頭の先からつま先まで漏れなく真っ赤になったというのは今となっては良い思い出だ。
でもまさか、その声が決定打となって気づいてもらえるとは思ってもみなかった。
ーーとにもかくにも、ああ、やっぱりあの名桐くんだったのかという驚きと、声で認識してもらえた驚きと。
いろんな衝撃が一遍に来過ぎて、私が本日二度目のフリーズをしていると。
「……オレのこと、忘れた?」
一歩、また一歩と距離を詰めてきていた名桐くんがいつの間にか目の前までやって来て、顰めっ面で私の顔を覗き込んだ。
「めっ、滅相もございません!……でも、やっぱりあの名桐くん、なんだね……?」
そのあまりの近さに若干のけ反って答えれば、名桐くんがふ、と表情を解した。
あ……。その表情はちょっと面影があるかも……。
「やっぱりってなんだよ」
「だっ、だって、高校の時と全然雰囲気が違うから」
「言っとくけどそれ、遠野も同じだから……って、今は有賀なのか」
つい、と私の資料とノートパソコンを抱える手元の方に視線を落として、彼がそうぽつりと呟く。
「あ、呼びやすい方でいいよ、全然!」
「……じゃあ、仕事で会う時以外は遠野で」
(〝仕事で会う時以外〟……って、それ以外で私たちが関わることってないのでは……?)
そう思っていれば、私の疑問を察したのか名桐くんが再び口を開いた。