初恋のつづき

ーーそれは、キラキラ光る水面をくるくると跳ね回るような、とても軽快な曲だった。

名桐くんは、これをずっとリピートして聴いているらしい。

よっぽどお気に入りなのだろう。


「これ、なんていう曲?」


一曲分を聴き終わったあと、私も好きだなぁと思ったから、ありがとう、とイヤフォンを返しながら聞いてみる。


「ジュ・トゥ・ヴ」

「……ジュ・ジュ……?」

「ふ……っ、言えてない」


この時、いつも無表情な彼の顔が初めて柔らかく解れて、なぜだか急に私の胸の奥がザワザワと騒がしくなった。まるで、心の木立に一陣の風が吹いたみたいに。


「だっ、だって言いづらいんだもん……!一体何語⁉︎」


それを誤魔化すようにわざと少し声を張れば、「……フランス語」と少し遅れて答えが返ってくる。


「へぇ……、フランス語かぁ……。どういう意味なんだろう」

「……調べてみれば?」

「今日、スマホ家に忘れちゃったの」   


この日は寝坊して家を出たのが遅刻ギリギリの時間になってしまったため、途中でスマホを忘れたことに気づいたけれど取りに帰っている余裕がなくて、泣く泣く諦めたのだ。


「名桐くんは知ってる?意味」

「ああ」

「……教えてください」

「……やだ」

「なっ、何で……⁉︎」

「ふ……っ、」

 
空き教室で一緒に過ごすようになってから、個々に流れていた私たちの時間が初めて混じり合った瞬間だった。



ーー結局何度聞いても教えてもらえなかった私はその日、帰宅してすぐにその意味を調べた。



〝あなたが欲しい〟



……あんな爽やかで軽やかな曲に、まさかそんな情熱的な意味のタイトルが付いているとは思ってもみなかった……。


それから私もすぐにスマホに〝ジュ・トゥ・ヴ〟をダウンロードして、受験勉強の相棒にするようになった。


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