初恋のつづき
私たち二人の間だけにひっそりと流れるそんな原因不明の微妙な空気に、何となく居た堪れなくなる。


「……なるほど、そうでしたか!それはすごい偶然ですねぇ!」


でも、私の説明を受けた渋谷さんが明るくそう言ってくれたことで、その空気が一瞬霧散した。

だからここぞとばかりに、私は好奇心旺盛そうなクリクリの瞳をキラキラ輝かせている渋谷さんにこれ以上深掘りされないように、早々にこの話題を切り上げるべく口を開く。


「あのっ、ミーティングルーム、もう準備出来てると思うのでこのまま私がご案内しますね!ちょっと受付行って来ます!」


うん。我ながら、ごく自然にその場も離れられるナイスな話題転換だったと思う。

よしよし、と思いながら彼らの来社報告と入館証を受け取るために受付へ向かおうとくるりと踵を返す。

ところが、歩き出そうとした私の足は前へ踏み出すことが出来なかった。

なぜならクイ、と腕を引かれ、ストップをかけられてしまったからだ。

驚いて振り向けば、私の腕を掴んでいたのは何と、名桐くんだった。

隣の渋谷さんもこれには驚いたらしく、「おい……?」と戸惑ったように名桐くんの方に視線を送っている。


「……渋谷。受付、行って来て」

「へ?」

「入館証、もらって来て」

「……オレ?」

「そう」

「え?いや、名桐くん、私が行くよ……?」


というか、今行くところだったんだけどな。

でも、名桐くんはなぜか私の腕を離さない。


「渋谷」

「……お、おう、分かった!オレ、ちょっと行ってきます、有賀さん!」

「え⁉︎」


もう一度静かに名前を呼ばれた渋谷さんは、ハッと弾かれたようにそう言って、そのまま私の代わりに受付の方へと足早に歩いて行った。

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