初恋のつづき

ーーその後ミーティングルームへ向かうと、開始予定時刻よりも早い時間だからか、そこにはまだ誰も来ていなかった。

渋谷さんは「始まる前にちょっとお手洗いに!」とさっき出て行ってしまったので、今の私は名桐くんと二人きりだ。


「有賀さん」


何となく手持ち無沙汰だったためプロジェクターの状態なんかを無駄にチェックしていれば、すぐ側で持て余しそうなほど長い足を組んで座りノートパソコンを弄っていた名桐くんに呼びかけられた。 


「はい」

「今日、仕事終わったら連絡して」

「〜〜……っ、」


……声が、出なかった。

だって、さっきから言動がすっかりビジネスモードだったし。

今だってパソコンをカタカタと打ちながら〝有賀さん〟なんて呼ぶから。

私はすっかり油断していた。てっきり仕事の話でもされるものだと。

なのに名桐くんの方を向けば、彼の形の良い唇から紡がれたのは仕事の話じゃなかったから。

だから、咄嗟に声が出なかった。


彼の、深い暗灰色(あんかいしょく)の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。


「返事は?」


そう促す上目遣い気味の小首を傾げる仕草が何とも妖艶で。


気づけば私はそれに操られるように、「はい……っ!」と返事をしていた。




ーーあれ。

今からこんな色気にあてられて、私今日、生きて帰れるのかな。






< 34 / 71 >

この作品をシェア

pagetop