初恋のつづき
それから「美味いから食ってみ」と促されて、私はいそいそとシソの葉に鴨肉、ニンニクチップの順で乗せていく。


「で、最後にこれを垂らす」


一緒について来た醤油差しを渡されて、私はそれを言われるがままに数滴垂らしてからくるりと包み、「いただきます!」とかぶりついた。

噛んだ瞬間ジュワッと広がる肉汁とニンニクチップの風味、最後に垂らした醤油からはほのかに山椒の香り。


「お、おいひい……!」


口いっぱいに頬張って、その口元を手で隠しながらも精一杯その感動を伝えれば、目の前の名桐くんは「だろ?」とふわっとその(まなじり)を下げる。

彼のそんな表情についまじまじと魅入りながら、そう言えば、あの頃の私はこんな風に名桐くんのことを正面から見たことはあまりなかったな、と思う。

あの空き教室での定位置が隣り合わせだったからかもしれない。

私の記憶の中の今より少し尖っていた名桐くんは、横顔と右斜め四十五度の角度でインプットされていた。

しかもあの頃は長めの前髪が彼のそんな綺麗な顔を少しだけ隠していたから。

だから向かい合ってしっかりと表情が見える今のこの状況に、今更何だかとても不思議な感覚になる。


「……なに」


すると、名桐くんが私の(いささ)か無遠慮になってしまった視線に、(わず)かに眉を顰めた。


「あっ、いやっ、相変わらず綺麗なお顔だなぁと……」

「ぶっ……」


でも、慌ててモグモグペースを上げて鴨を飲み込み、言い訳をするべく真っ先に口を突いて出たのがあろうことかそれで。

名桐くんが口に含んだハイボールを吹きそうになっていた。


「ごっ、ごめん、つい!」

「……ったく、変わらないな、遠野は」


その口元を手の甲で抑えながら呟かれたそれが、
ポトリと居酒屋の騒めきの中に落ちる。

 
「ん……?」

「いや、何でもない」


だけどその呟きは小さ過ぎてかき消されてしまい、残念ながら真瀬さんのように地獄耳ではない私のそれでは拾うことは出来なかった。

でもその暗灰色(あんかいしょく)の瞳にはどこか懐かしさみたいなものが浮かんでいたから、私の不躾(ぶしつけ)な発言に気分を害してしまった訳ではない……、のかな?と少しだけホッとする。


と、その時。


「あっれー?なぎちゃんと、……えっ、ひょっとして有賀さん……?……お、おお!さっきぶりですね!?」


突如頭上からテンション高めの声が降って来て、驚いた私はビクッ!と肩を揺らした。


……あれ……。これは何か、デジャヴ……。

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