初恋のつづき
「……渋谷……」


ーーそう。恐る恐る振り返れば、そこにいたのは何と、つい数時間前まで私たちと一緒にミーティングをしていたTYMプロモーションデザイナーの渋谷さんだった。


「奇遇ですねぇ!あ、せっかくなのでここでご一緒しても良……」

「良くない」

「なぎちゃん、オレ今日入館証取ってきてあげた、」

「クライアント先の訪問はそれが普通だが?」

「オレ、ハイボールと、スイートチリとサワークリームのフライドポテトが食いた……」

「あっちの席でどうぞ?」

「有賀さん……!」

「遠野、無視していいぞ」


彼のいかなる発言をも冷ややかな微笑でピシャリと跳ねつける名桐くんを前に、そこでついに渋谷さんの縋るような視線がこちらを向いた。

しかし、名桐くんはなおもつれない。

……渋谷さんは、これから名桐くんと共にしばらく仕事でお世話になる方だ。

それまで一言も口を挟む隙のなかった私に、そんな彼から向けられたまるで捨てられた子犬のような眼差しを、ここでどうして無碍(むげ)に出来ようか。いや、出来まい……。


「……ど、どうぞ、こちらの席で!せっかくなので三人で!ね、名桐くん!?」

「ありがとうございます!有賀さん!」


途端にパァっと破顔した渋谷さんに、名桐くんは盛大なため息を吐いた。


「遠野……。……はぁ……。ちっ、分かった。じゃあお前は大人しくそこのチャンジャとわさび漬けでも食っとけ」

「もう。なぎちゃんオレが辛いの苦手なの、知ってるくせにー」

「ああ、だからだよ」


……急に、昔の塩対応な尖っている名桐くんが顔を出すからびっくりした。

でもそんな彼をものともせず、「じゃ、お邪魔しまーす」とにこにこ彼の隣に座る渋谷さんを見て、私は吹き出しそうになるのを何とか堪える。

きっと、こんなやり取りは日常茶飯事なのだろう。テンポの良い掛け合いからは、二人の仲の良さが伺えた。

それから渋谷さんリクエストのものを注文し、彼のハイボールが届くのを待って改めて三人で乾杯をする。


そこで渋谷さんが「ん?そういえば……」と首を傾げた。


「何でなぎちゃんは、有賀さんのことを〝遠野〟って呼んでるの?」
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