初恋のつづき
「……頼むから自分が酔っ払いだってこと、忘れんなよ……」

「ご、ごめん……」


抱きしめられるような格好のままで、私は彼の胸に染み込ませるように謝る。


「……このうっかり者」
  

直接鼓膜に響くその声は、思いの外優しい声色で。


ーーこの胸のドキドキは転びそうになって、のドキドキなのか。

それとも名桐くんに抱きしめられて、のドキドキなのか。

顔が熱いのはアルコールのせいなのか。

それとも名桐くんのせいなのか。

もはや、よく分からなくなっている。



「ーー〝あなたが欲しい〟」

「え……?」

「〝ジュ・トゥ・ヴ〟の意味。〝あなたが欲しい〟って意味だよ」


すると、頭上からまるで静かに夜を切り裂くような、そんな真っ直ぐで芯のある声が降ってきたから。

私がハッと顔を上げれば、今にも吸い込まれてしまいそうな深い暗灰色(あんかいしょく)の瞳とぶつかった。


……ねぇ、今、このタイミングでそれ言う……?


そんなはずある訳もないのに、何だか耳が勝手に意味深に捉えてしまいそうになるからやめて欲しい。

あの時は、どんなに聞いても教えてくれなかったのに。

じっ、とその瞳の中に閉じ込められて、身動(みじろ)ぎひとつ出来ない。

でも、その瞳が微かに揺れて一瞬何かの色が浮かびそうになった時、サァー、と生温い風が私たちの間を通り抜けて。

それを合図にふい、と目を逸らした彼は私を解放すると、「ほら、行くぞ、酔っ払い」と、何事もなかったかのようにまたゆっくりと歩き出したのだった。
< 54 / 71 >

この作品をシェア

pagetop