初恋のつづき
遠慮しなくて良い……。それはどういう……、
「── あっ……!」
その言葉に、そこで私は今日、名桐くんとの会話でその都度何となく引っ掛かりはしたけれど、どれも些細なこと過ぎて通り過ぎてしまった小さな違和感の正体にやっと気がついた。
「あ?」
〝……今日、予定通りで平気か?〟
〝オレと、二人だけど〟
〝いいのか?他の男にそんな簡単に触らせて……〟
あれらは全て、私を人妻だと思っていた名桐くんの、夫に対する〝遠慮〟から出てきたセリフだったんだ。
「な、何か、今日は色々と変に気を遣わせちゃってごめんね!?さっきの名刺交換も、きっとそのせいだよね……!」
亮ちゃんのことを私の夫だと思っていたからこそ、きちんとビジネスモードであの状況を誤解させないようにと振る舞ってくれたんだろう。
今更ながら自分の迂闊さに自責の念に駆られ、今日何度目かの謝罪を口にすれば、名桐くんが「……ふは……っ!」と吹き出した。
「え?」
「── 遠野のそういうところも、変わってなくて何か安心するわ」
なぜ笑われたのかも、彼の言う〝そういうところ〟がどういうところなのかもいまいち分からなかったけれど、この場合の〝変わっていない〟という評価は素直に喜んで良いものかどうか……。
何せ彼の方が余りにも変わってしまっているからこそ(それも良い方に)、少し複雑な心境だ。
「う……。私としては十年振りな訳ですから、出来れば少しくらい変わっているところをお見せしたかった……」
「……変わってるところも、もう見せてもらってるけど?」
ところが私がむぅ、と唇を尖らせて言えば意外な答えが返って来たから、「え、ど、どの辺!?」とつい前のめりで食いついてしまうも、それにはあまりにも美麗過ぎる笑みしか返って来なかった。どうやら教えてくれるつもりはないらしい。
「ま、しばらく一緒に仕事する訳だし、変わった遠野ってのもこれから見る機会はたくさんあると思うけど。でも、オレは久々に再会した遠野がオレの覚えてる遠野のままで、変わってなくて、嬉しいよ?」
「── ……っ、」
── この人は、〝変わってなくて嬉しい〟だなんて、そんな表情でそんなセリフをサラリと言うような人だっただろうか。
涼しげな目元を柔く解して不意打ちをかまして来た名桐くんに、収まっていた鼓動が再び駆け足になる。
そのまま彼を直視していることには当然耐え切れなくて、パッと身体を正面に戻し、じわじわと駆け上がって来る熱を下げるべくレモンティーをゴクゴクと体内へ送り込んだ。
「……そういう名桐くんは、本当に変わったよね……」
それからペットボトルの蓋をゆっくりと閉めながら視線を再び自分の膝あたりに据えることで、そのままどこまでも突っ走って行ってしまいそうな鼓動をどうにか宥めつつ恨めしげに何とかそう返せば、
「……ああ、自覚はしてる」
どこか愉悦を含んだ耳障りの良い声が、キィ、とブランコの軋む音に混ざって近付く気配がして。
それと同時に私の頭上から大きな影が射し、俯けていた視線の先に、ピカピカに磨かれた革靴が映り込んだ。
夜の帷の中ではただでさえ最初から心許なかった光が遮られ、ブランコが僅かに揺れる。
恐る恐る顔を上げれば、さっきまで隣にいたはずの名桐くんが、私の座るブランコのチェーンを両手で掴んでスラリと伸びた長身を屈め、思いの外至近距離でその瞳に私を映していたからハッと息を飲んだ。
「── あっ……!」
その言葉に、そこで私は今日、名桐くんとの会話でその都度何となく引っ掛かりはしたけれど、どれも些細なこと過ぎて通り過ぎてしまった小さな違和感の正体にやっと気がついた。
「あ?」
〝……今日、予定通りで平気か?〟
〝オレと、二人だけど〟
〝いいのか?他の男にそんな簡単に触らせて……〟
あれらは全て、私を人妻だと思っていた名桐くんの、夫に対する〝遠慮〟から出てきたセリフだったんだ。
「な、何か、今日は色々と変に気を遣わせちゃってごめんね!?さっきの名刺交換も、きっとそのせいだよね……!」
亮ちゃんのことを私の夫だと思っていたからこそ、きちんとビジネスモードであの状況を誤解させないようにと振る舞ってくれたんだろう。
今更ながら自分の迂闊さに自責の念に駆られ、今日何度目かの謝罪を口にすれば、名桐くんが「……ふは……っ!」と吹き出した。
「え?」
「── 遠野のそういうところも、変わってなくて何か安心するわ」
なぜ笑われたのかも、彼の言う〝そういうところ〟がどういうところなのかもいまいち分からなかったけれど、この場合の〝変わっていない〟という評価は素直に喜んで良いものかどうか……。
何せ彼の方が余りにも変わってしまっているからこそ(それも良い方に)、少し複雑な心境だ。
「う……。私としては十年振りな訳ですから、出来れば少しくらい変わっているところをお見せしたかった……」
「……変わってるところも、もう見せてもらってるけど?」
ところが私がむぅ、と唇を尖らせて言えば意外な答えが返って来たから、「え、ど、どの辺!?」とつい前のめりで食いついてしまうも、それにはあまりにも美麗過ぎる笑みしか返って来なかった。どうやら教えてくれるつもりはないらしい。
「ま、しばらく一緒に仕事する訳だし、変わった遠野ってのもこれから見る機会はたくさんあると思うけど。でも、オレは久々に再会した遠野がオレの覚えてる遠野のままで、変わってなくて、嬉しいよ?」
「── ……っ、」
── この人は、〝変わってなくて嬉しい〟だなんて、そんな表情でそんなセリフをサラリと言うような人だっただろうか。
涼しげな目元を柔く解して不意打ちをかまして来た名桐くんに、収まっていた鼓動が再び駆け足になる。
そのまま彼を直視していることには当然耐え切れなくて、パッと身体を正面に戻し、じわじわと駆け上がって来る熱を下げるべくレモンティーをゴクゴクと体内へ送り込んだ。
「……そういう名桐くんは、本当に変わったよね……」
それからペットボトルの蓋をゆっくりと閉めながら視線を再び自分の膝あたりに据えることで、そのままどこまでも突っ走って行ってしまいそうな鼓動をどうにか宥めつつ恨めしげに何とかそう返せば、
「……ああ、自覚はしてる」
どこか愉悦を含んだ耳障りの良い声が、キィ、とブランコの軋む音に混ざって近付く気配がして。
それと同時に私の頭上から大きな影が射し、俯けていた視線の先に、ピカピカに磨かれた革靴が映り込んだ。
夜の帷の中ではただでさえ最初から心許なかった光が遮られ、ブランコが僅かに揺れる。
恐る恐る顔を上げれば、さっきまで隣にいたはずの名桐くんが、私の座るブランコのチェーンを両手で掴んでスラリと伸びた長身を屈め、思いの外至近距離でその瞳に私を映していたからハッと息を飲んだ。