コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
あの頃の記憶

あの頃の夢

水惟は懐かしい匂いに包まれながら夢を見ていた。蒼士と結婚する前の夢だ。

***

「水族館楽しかったね。」
夕方の海辺を蒼士と手をつないで歩きながら、水惟がニコニコとした無邪気な顔で言った。

「うん。水惟が楽しそうで楽しかった。」
「なにそれ…」
水惟をみつめて微笑む蒼士に、水惟は照れくささをごまかすように頬を膨らませて言った。

そんな会話をしていると、蒼士が急に立ち止まった。

「え、何?なんか落とした?」
「水惟、あのさ…」

「ん?」
蒼士の顔を見上げて、首を傾げた。

「俺と結婚して欲しいんだ。」

「………」
水惟はしばらくキョトンとした表情(かお)をしたまま、蒼士の言葉を何度か頭の中で反芻(はんすう)した。

「え…結婚…?」
蒼士は深く頷いた。

「結婚…」

「嫌?」
だんだんと戸惑った表情になる水惟に、蒼士が聞いた。

「えっと…嫌とかじゃなくて…えと…早いかなって…」
「もう一年半以上付き合ってるよ。」

「そう…だよね…。うん、そうなんだけど…」
「不安?」
水惟は小さく頷いた。

「私…まだ25歳で、その…結婚て現実味が無いっていうか、仕事もやっと任せてもらえるようになってきたところだから…結婚はもう少し先だって思ってたの…」
水惟はポツリポツリと本音を零した。

「それに、あの…よくわかってないけど…深山のお家って…」
「…俺とは結婚したくない?」

蒼士の言葉に、水惟は首を何度も横に振った。

「違うよ!そうじゃない!いつかは…そう…なったらって…」
水惟の顔は困ったように眉が下がっている。

「じゃあ、結婚しようよ。」
蒼士は水惟の頬を両手で包むと、どこか妖艶さのある笑顔で水惟の瞳を覗き込むように言った。
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