コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—

水惟と蒼士

水惟と蒼士が結婚していたのは、水惟の深端時代の1年ほどの短い期間だった。

(あの人と結婚してた頃のことってあんまり良い思い出が無いんだよね…ってゆーか、思い出自体があんまり無い…)

(知り合ったのは、たしか営業の研修で…一年半か…二年?付き合って…25歳で結婚…)

蒼士と再会した日、家に帰ると水惟は少しだけ当時を振り返った。
深端に入社してしばらくした頃には蒼士に好意を寄せていたことを覚えている。

(なんでだっけ?顔がかっこいいから?優しいから?年上で頼れるって思ったから?)

蒼士が担当するいくつかの案件に洸や他の先輩のアシスタントなどで参加するうちに親しくなり、付き合うことになった。
当時のことを思い出して、少しだけ水惟の胸がキュ…と軋む。

付き合っている頃は蒼士の立場もあり社内には秘密の関係だったが、秘密にしていると多忙な生活ではどうしてもすれ違いが多いため、蒼士の強い希望で結婚することになった。

そこから先のことを思い出そうとすると、なんとなく不安な気持ちになり頭痛もするので水惟は考えるのをやめた。

はっきりしているのは、蒼士の方から別れを切り出されたということだ。

その頃の水惟は仕事でもあまり上手くいっていなかった。

水惟は気持ちを落ち着けるため、スカートをギュッと掴む。

——— 水惟のことはもう好きじゃない

(お金持ちのお坊ちゃんの気まぐれに付き合わされただけなんだ…)

——— 水惟

辛い気持ちが込み上げるのに、4年振りに呼ばれた名前が胸をくすぐる。
(思い出したくないのに…なんで…)
気づくと水惟の頬を温かいものが伝っていた。


(なんで…?)
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