コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—

水惟がオフィスの廊下を歩いていると、給湯室の開いたドアの向こうから噂話が聞こえる。

「なんかさー深山さんの奥さんて大したことなくない?もっと大人な感じかと思った〜」
「ねー!あれならうちらもワンチャンあったんじゃん?」
「あはは」

蒼士と結婚してから、水惟はもう何度もこういう場面に遭遇していた。

———ふぅ…

水惟は静かに溜息を()き、自席に戻った。

席に戻ると、乾と一緒に進めている案件のデザイン修正原稿が置かれていた。
水惟が作ったパンフレットのデザインのほとんどに赤ペンでバツ印がつけられ、修正指示が入っている。
「………」


「え、水惟それだけ?」
一緒にランチに出た冴子が言った。
水惟が注文したのはサラダと飲み物だけだった。

「うん、なんか食欲無くって。せっかくおいしそうなお店に連れてきてもらったのに…」
「それは全然いいんだけど、食欲無いって大丈夫なの?」
冴子が心配そうに言った。

「あ、全然元気です、大丈夫!」
「え…何?もしかして…おめでた…とか?」
冴子の小声での質問に水惟は慌てて首を振った。

「ちがうちがう!…だいたい最近あんまり会えてないし…」
水惟の表情がしゅん…と曇るのを見て、冴子は「やれやれ」という顔で笑った。

「それで元気ないのね。」
「………」
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