コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—

水惟の番

名前を呼ばれ、水惟は震える足でスクリーンの前に向かう。
その途中、どこからかヒソヒソと噂をするような声が聞こえてきた。
「………」

水惟はスクリーンの前でお辞儀をすると、パソコンの前に座った。
自分のファイルを開こうとして、水惟の手が止まる。

『深山さん?』
司会者の声が耳に届かないくらい、水惟の頭の中では色々な考えが巡っていた。


ついさっき乾が発表した内容と同じ物を後から発表すれば、自分の方が盗用だと思われるのではないか?

同じ内容を乾より上手くプレゼンできる自信がない。

何故、乾は自分の企画を盗んだのか?

氷見は気づいていて、先程の質問をしたのか?

そもそも自分の発表が好意的に受け取られるのか?


自分が同じ内容で発表したら、乾の立場はどうなるのか?


『深山さん?プレゼンを始めてください。』
「…あ…え、と…」
額には冷や汗が滲む。

「え…と…」
室内にいる全員の視線が突き刺さるようだった。

———クスクス…

固まる水惟を嗤うような声が聞こえ、水惟の頭は真っ白になった。

『深山さん?』
「…あ、あの……すみません、今回のコンペ…準備不足でした…辞退…します…」
水惟はか細い声で振り絞るように言うと、自分のファイルを削除して元いた席に戻った。

「ダサ…」

油井の声が聞こえたが、今の水惟にはもうあまり意味の無い悪意だった。
< 151 / 214 >

この作品をシェア

pagetop