コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「ただいま…」
「おかえり。」
蒼士が帰宅すると、水惟は何事もなかったような顔で出迎えた。

蒼士は水惟を抱き寄せてきつく抱きしめた。

「え、なに…?」
「………」

「蒼士?」

「…なんで、コンペのこと…嘘ついた?」
蒼士の言葉に、水惟の心臓がドクンと脈打った。

「そ…れは…」

「俺ってそんなに頼りない?」
「え…!?ちが…」

水惟は蒼士の腕の中で必死に首を横に振った。
「あれは…私が…私のデータの管理も悪かったから仕方なくて…」

「社内でいろいろ噂されてるって?」
「え…そんなの誰から……氷見さん…?」

「誰からだっていいよ。俺は、水惟から聞きたかった。」
蒼士は水惟の困惑した顔を覗き込んだ。

「なんで言ってくれなかった?」
「………」

「なんでずっと一人で抱え込んでた?」
心配するようにも、責めるようにも聞こえる問いだった。

「………」

「………」

「…言えない…」
水惟がつぶやくように言った。

「………」
「言えるわけない…だって…蒼士が悪いわけじゃないもん…」

「………」
「蒼士は私のために忙しくしてるってわかるし…」
「水惟…」

「わたしが…私がもっと蒼士に相応しければ、誰も何も言わないのに…」
「水惟は悪くないって」

「内緒の頃はこんなんじゃ無かったのに…」
水惟の目から涙が(こぼ)れた。

「水惟」

「こんな風に…蒼士に迷惑とか…心配とかかけちゃうなら—」


「結婚なんてしない方が良かった」

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