コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
時計の針が止まる時

怯えた目

***

「最近出張行かないね。」
家でソファに座ってタブレットを見ている蒼士に水惟が言った。

「家にいると邪魔?」
蒼士は冗談めかして笑って言った。蒼士にとってはあくまでも冗談でしかなかった。

「え!?違うよ、そんなんじゃない…」
水惟は不安そうな表情(かお)をして、ソファの背もたれ越しに蒼士に抱きついた。

「邪魔なんて思ってない…家にいてくれたら嬉しいよ…」
「わかってるよ。ただの冗談。」
蒼士も困ったように笑って水惟の頭を撫でた。

このところ、水惟は以前より蒼士に甘えるようになった—それはどこか親の機嫌を損ねないように必死になる子どものような、不安や怯えを感じるものだった。

——— 結婚なんてしない方が良かった

(水惟は多分、あの言葉をずっと気にしてる…)

(否定してたけど、あれは—)

本人も気づいていない水惟の本音なのかもしれない、と蒼士は感じていた。

***

ある日出社した水惟に氷見がパンフレットのデザインラフを渡した。
「ここの色、もう少し明るくしてもらえる?」
このパンフレットの氷見からの色の修正指示はもう3回目だ。

「はい…」
修正指示を受け取った水惟はそれをじっとみつめて戸惑っていた。

「どうかした?」
「この色…そんなに変ですか…?」

「え?」
「私にはそんなに暗く見えなくて…正直、このままでも良いように思えます。」

「水惟…それ、本気で言ってるの…?」
「え…」

水惟の全くピンときていないような表情で、ふざけているわけでも嘘をついているわけでもないことがわかった。

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