コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
「ストロベリータルト、お待たせしました。」

テーブルの上に置かれた赤いキラキラした宝石のようなケーキに水惟の表情がパッと明るくなる。
普段のクールそうな表情とはギャップがあり、蒼士はクスッと笑う。

「変わらないな。安心した。」

水惟の胸がキュ…と音を立ててわずかに赤面してしまう。
(…“安心”なんて、どの口が言うのよ…)

「…私も…なんか安心した。」
フォークを手にした水惟がケーキを見ながら言った。

「え?」

「美味しいって評判のケーキの情報を知ってるってことは、彼女か、奥さんがいるんでしょ?」
水惟は一口分になるようにタルトをカットした。

「え…」

蒼士は水惟が全く予想しなかった、心底驚いたような表情をした。

「いるわけないだろ、そんな相手。」

「…なんで、いる“わけない”の?」
「なんでって…」
蒼士は水惟をチラッと見て小さく溜息を()いた。

「とにかくいないよ、そんな相手。昔のクセでイチゴのスイーツとかは今でもつい目に入るんだよ。」

(…昔のクセ…)
それはつまり、水惟と一緒にいた頃のクセだ。
仕事相手から聞いた店などに休みの日に連れて行ってくれたり、お土産に買って来てくれたりした。

「…このケーキ、本当に美味しい。」
水惟はなんとなくバツが悪そうにつぶやいた。

(…好きじゃない相手の好きなものなんて、早く忘れればいいのに…)

久しぶりに見た“カフェにいる深山 蒼士”は、スーツ姿だからか妙に大人の落ち着きがあり、相変わらず所作が美しい。
元夫でなければ見惚れていたかもしれない…と水惟はこっそり思った。
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