コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
***

「藤村さん、この展覧会はもう行っちゃった?」

これで最後にしよう、と思って水惟に声をかけた。
(どうせ今回も…)

「えっと…行ってないです…それ、まだ始まってないですよね…」
「え?あ…」

ポスターに書かれた展覧会の開催期間は、その週末からだった。
テキトーに選んで声をかけたのが見え透いているが、これなら「もう行った」という断り方はできないはずだ。水惟がどう答えるのか興味が湧いた。

「じゃあ、良かったら一緒にどう?」

蒼士の誘いに、水惟は若干怪訝な表情(かお)をする。

「…あの…どうして…誘ってくださるんですか…?」

(どうして、か…たしかに、俺みたいな立場のヤツに急に声かけられたら怖かったかもな…)
蒼士は水惟の今までの態度になんとなく納得がいった。

「うーん…なんでかな。なんとなく、一緒に行ったらおもしろそうかなって。」
「…じゃあ、はい。ぜひ。」

よく考えてみれば、こんなに何度も女性を誘ったのは初めてかもしれない。

デート前日の夜
【明日楽しみだね。よろしく。】
蒼士は水惟にLIMEのメッセージを送った。

送信後、すぐに既読がついてから返信が来るまでに30分ほど時間がかかった。

【よろしくお願いします】
という味気ない一文と、しばらく間を置いてペンギンがお辞儀をするスタンプが送られてきた。
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