コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
思わず声を出してしまった。

顔を上げた水惟の目の前にはスーツ姿の蒼士がいた。彼も仕事帰りのようだ。

「あ…えっと…ま、間違えましたっ…!」
水惟は慌てて踵を返すとドアを開けて外に出た。

(…な、なんで…)

「水惟っ」
後ろから名前を呼ばれて思わずビクッとする。
蒼士が水惟を追って外に出てきた。

「間違いじゃないだろ?」
「……だ、だって…」

「俺がいたら見れないって言うなら、帰るよ。」
「え…」

「一澤 蓮司は水惟が好きなアーティストなんだから、水惟が帰るのはおかしいよ。」
蒼士が申し訳なさそうに言うのを見て、水惟は首を横に振った。

「先にいた人が帰る方がおかしいよ…」
「なら、どっちも帰らないってことでいいんじゃない?」

「………」
「最終日だし、今日を逃したらもう見れないよ?」
水惟の心を揺さぶる言葉を心得ている。

「………」
水惟は無言で今度は首を小さく縦に振った。
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