コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
蒼士に促されギャラリーに戻ると、もう終了間際ということもあり客はまばらだった。
人気アーティストだけあって飾られている絵にはほとんど売約済みの印がついている。

(どの絵も素敵…絵ではあるけど、構図が計算されててデザイン的…)

水惟は一枚一枚覗き込むように近くで見ては、離れて全体を確認するように見た。
その合間、なんとなく気になって隣の絵を見ている蒼士の方を横目でチラッと見た。
蒼士は水惟とは違い、一定の距離で絵をじっと見つめている。

(真剣な顔…変わってない…)

広告代理店勤務ということもあり、昔はよく二人で展覧会を見に行っていた。
蒼士はデザインに関係ない職種だが、絵やデザインに興味があるらしくいつも真剣に展示を見ていた。
営業職ながらデザイナーやアーティストに関心や理解を示してくれる感じがして、水惟にとって蒼士の好きなところだった。

そのタイミングで蒼士も水惟の方を見たので、目が合ってしまった。

「………」

目を逸らすタイミングを逃し、言葉を発せず固まってしまった水惟に蒼士は優しく微笑んだ。
「変わらないな、そうやって近くと遠くの両方で見るところ。」

「……そっちだって…」

思いがけない蒼士の笑顔と、同じことを考えてしまっていたことについ頬が赤く染まってしまい、急いで絵の方に向き直した。
鑑賞中に蒼士が水惟に声をかけたのはそのときだけで、静かに絵を見ていた。水惟は自分が作品に集中できるように気を遣ったのだろう、となんとなく感じとった。
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