コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
一人になった事務所で、水惟は黙々とパソコン作業をしていた。
事務所のメインルームにはマウスのクリック音やキーボードを叩く音などの水惟の作業する音と、ラジオから流れる洋楽だけが響いている。

———ピンポーン…

予定時刻の5分前にドアのチャイムが鳴り、水惟の心臓がギク…と音を立てるが、「ふぅ」と小さく深呼吸をして事務所の玄関に向かった。

ドアを開けると、当然そこには蒼士が立っている。

「こんにちは…どうぞ…」
「こんにちは。これ、良かったら。」
蒼士は入室すると水惟に紙袋から菓子の箱を出して渡した。

「…えっ!?……あ…えっと……ありがとうございます、いただきます。でも…そんなに毎回手土産なんて無くて良いと思います。そちらがお客様ですし…」

「持ってきたいから持ってきてるだけだから。」
「…そう…ですか…」

(これって…)

箱を受け取った水惟が驚いたのには理由がある。

蒼士が持ってきたのは木菟屋(みみずくや)の生どら焼きだった。
完全予約制で何日か前に予約注文しておかなければ購入することができず、人気のため一日の販売予定数はすぐに売り切れてしまう。

(わざわざ朝イチで予約して買ったってこと?)

そしてこれも、水惟の大好物だ。
(なんで…?)
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