コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—

「俺は猫の絵が好きだったな。なんか表情が良かった。」

「……前…は動物の絵はなかった……ね。」

気づくと先日のギャラリーで見た個展の話になっていた。

「花とか果物もなんていうか、一澤 蓮司らしい感じで良かったけどね。レイアウトがデザイナーっぽいっていうのか—」

「あ……それは私も…思った。そのままでも素敵だけど、文字とか合わせても格好良くなるんだろうなって…」

デートで展覧会に行った時にはお決まりだった感想の言い合い。
昔と変わらず楽しそうに話す蒼士に対して、水惟はまだ状況への戸惑いが拭えず、少し辿々しい喋りになってしまう。

(………)

「…いつか、一澤さんとも仕事してみたいなって思った…」
水惟はもうほとんど紅茶の残っていないカップを口元に近づけたまま、恥ずかしそうにつぶやいた。

「できるよ、水惟なら。」
蒼士の心地よい声に、水惟の胸がトクンと音を立てる。

(私、この人と夫婦だったんだ…)
隣に座る蒼士を見て、あらためて不思議な気持ちになった。


「あ…っ、お金…」
店から出ると、水惟は財布を取り出そうとバッグに手をかけた。

「いいよ、お茶くらい。」

「で、でも…スピーチの相談にまで乗ってもらっちゃったし…」
水惟はどうしても支払いをしようと食い下がる。

「じゃあ、打ち合わせってことで経費で落とすよ。」
「…そうですか…じゃあお言葉に甘えて…。ごちそうさまです。」

「チーズケーキも食べれば良かったね。」
そう言って蒼士はいたずらっぽく笑った。

(…経費なんて多分、嘘。)

蒼士が他人に気を遣わせまいと、こういう嘘をつくのを水惟は知っている。

(そーゆーひと…)
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