コーヒーにはお砂糖をひとつ、紅茶にはミルク —別れた夫とお仕事です—
(あ…)

水惟が視線を向けると、そこに立っていたのは蒼士だった。

蒼士の口が、小さく動く。

ガ ン バ レ

——— 水惟らしい普段の言葉で伝えたら良いんだよ。こんな背伸びした文章じゃなくてさ

(………)

水惟はまた、胸に手を当てて小さく息を吸った。

「すみません」
マイクを通して、水惟が喋り始めた。

「緊張しすぎて、考えてきたスピーチが全部飛んじゃいました。」
水惟が苦笑いで言うと、会場が笑いに包まれた。重たい空気が変わり、水惟は内心ホッとした。

「えっと…スピーチの内容は飛んでしまったんですけど、私がこの場で言いたかったことはちゃんと胸に残っています。私は—」

水惟は自分の伝えたい気持ちを話し始めた。蒼士のアドバイスの通り、自然体の言葉を紡いでいく。

「—なので、沢山の人に支えられて今この場に立っています。こんな風に受賞スピーチがうまくいかないくらいダメなところのある人間ですが、デザインでは胸を張れるような良いものを届けたいですし、デザインに誠実でありたいと思っています。口下手な分、強かったり熱かったり…深い想いを、デザインでお伝えできると信じています。この度は素晴らしい賞をいただき、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。」

水惟は深々とお辞儀をすると、顔を上げて笑顔を見せた。気づくと、会場は拍手に包まれていた。

水惟がまた蒼士の方に視線を向けると、蒼士は拍手をしながら優しい顔で微笑んでいた。

(私…やっぱり…)
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