腹黒執事は、悪役なお嬢様への愛が強め
──その思いのもと、まい様には何も説明しないまま遠い異国にやってきて、約半月。
新しい雇い主のいる高いビルの前で、今日も一度深呼吸する。
執事の仕事を続けて人より肝がすわっている自信はあった。それでもここはどうにも緊張する。
そして、どうにか自分を奮い立たせて自動ドアをくぐった。
……すっかり馴染んだ声が耳に届いたのは、その瞬間だった。
「|I've been waiting for you《待ってたわよ》」
ここにいるはずのない人の声。
とうとう幻聴が聞こえ始めたのかと思ってこめかみを押さえた。
しかし幻聴は続く。
「この私にこんな手間を掛けさせるなんていい度胸じゃないの、鷹司?」
前を向けば、今度は幻覚だ。
豊かだったウエーブヘアを何故か肩の辺りでばっさりと切そろえたまい様が、異国人ばかりのアウェーなエントランスで仁王立ちしている幻覚。
いや、そう考えるのはもう無理があるか。
「お嬢、さま?」
かすれ声で呟くと、まい様は急いでこちらへ駆け寄ってきて、安心したように顔をほころばせたのだった。