最後のラブレター
賢一は毎日仕事帰りに入院中の妻を見舞うのが日課になっていた。
今日はいつもの時間より30分も遅い、
心配そうな妻の顔を思い浮かべながら早足でナースステーションを通り過ぎる。
何度訪れていても、同じような部屋が並んだ総合病院の病棟では入る前に必ず名札を確認する。
以前に部屋を間違えて入った事があるからだ、
その時はまだ大部屋で、赤の他人に声をかけて大いに恥をかいた、
今は個室になったけれど、それでも念を入れて確認する。
「ごめん、仕事が片付かなくて遅くなっちゃった」
ベッドの上で何本もの管に繋がれた妻は口元に笑みをたたえ頷いた。
「無理…しないで……」
耳を近づけないと聞き取れない程の弱々しい声で答えた、
「無理はしてないよ、心配しなくて大丈夫、今日は大変だったんだよ、」
仕事帰りに妻の病室に寄って、他愛もないその日の出来事を報告する。
「今日の……ラブレターはない…の?」
「あっ、ごめん、ついつい話に夢中で忘れてた、ちゃんとあるよ」
ビジネスバッグから折りたたんだ便箋を取り出して姿勢を糺した、
病室に訪れる時は必ず妻への愛情をしたためる。
元来賢一は筆不精だった、
妻との交際中も結婚してからもラブレターというものを書いたためしがない、
そんな彼が毎日病室へラブレターを持参するのには訳があった、
入院当初、妻に何が欲しいか訊ねたところ、短くてもいいからラブレターを書いて欲しいと言われてしまったからだ。
賢一は戸惑った、喋りは得意な方だが文章を書くのは苦手、妻への愛情は人一倍あると思っていても、それを言葉や態度で表すのも苦手だった。
そんなことは妻も重々承知で、だからこそ賢一からの心のこもった恋文が欲しいとねだったのだ。
「……読んでよ」 妻は目を閉じ神妙な面持ちで賢一の言葉を待っている、
賢一の言葉を一言一句逃さまいと集中していた。
ラブレターを読み終えると、いつも妻は決まった言葉を口にする、
「私が好きなのね……ありがとう」
ラブレターなのだから当然だ、賢一の愛情を確認するように頷いては笑顔を見せる。
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