【書籍化予定】ニセモノ王女、隣国で狩る
「実はさっき、国王陛下からあるお話を頂戴したのだ」
(――結婚の話ではないのかしら?)
アマリーはおやっと心の中で首を傾げる。
公爵はとっておきの秘密を打ち明けるように、目を少し見開いて前のめりになった。
「実はお前に、王宮からとても高収入の仕事が舞い込んでいるのだ……!」
「私にですか? それはどのような……?」
王宮から仕事とはどういうことだろう。
アマリーの母はもともと王家の生まれで、現国王の妹だ。とはいえ身分低い側妃の王女だったし、現在のファバンク家はすっかり凋落して久しかったので、あまり王宮との繋がりがなかった。
国王の娘であるリリアナ王女はアマリーと同い年であったため、年の近い貴族の令嬢たちの中には、王女の侍女として働く者も多かったが、そもそもアマリーには今や王宮に着ていくようなドレスすらないので、考えたこともなかったし、縁もなかった。
アマリーはむしろ家業の手伝いで十分満足していたのだ。
公爵に競馬の才能はなかったが、多少の商才はあった。彼は妻の名を冠した『ロレーヌ商会』という革製品を中核とした貿易業を営んでおり、アマリーはその手伝いをしていた。
よその国へ運ばれていくのを待つ、倉庫に並ぶ艶々の革製品を眺めるのが、アマリーは好きだった。もっとも、ロレーヌ商会が挙げる利益の大半は、公爵と馬たちが走って築いた借金の返済に消えていたが。
公爵はもったいぶって咳払いをした。
「これがとっても美味しい話なんだ……!」
嫌な予感がする。そもそも公爵がほくほく顔をした時は、大抵ロクなことがなかった。
美味しい話となれば、なおさらだ。
「アマリー、実はお前に南ノ国に行ってきてほしい」
「えっ……? ごめんなさい、今なんと?」
「驚く気持ちはよくわかる。――南ノ国に行ってきてほしいんだ」
ロクでもない予感が強烈にする。
南ノ国といえば、周辺諸国の脅威に常に怯えながら存在するこの西ノ国とは違い、強大な軍事力を保持する大国ではないか。しかも竜などという巨大で不思議な動物がいる、とても特殊な国だ。
王都を出たことすらないアマリーには、遠すぎてまったく想像できない。
「我が西ノ国のリリアナ王女が、建国三百年記念祝典に参加されるために、今度南ノ国に行かれる」
「はい。そうらしいですね」
リリアナ王女は西ノ国唯一の王女だ。
とても大人しい王女で、王宮の外へほとんど出たことがないと言われていた。その王女がよその国に行くというのは結構な事件だから、巷では大いに話題になっていた。
だが、それと自分がどう関係するのか、わからない。
「我が国のリリアナ王女様と南ノ国のジュール王太子様のおふたりに、ご縁談があるのを知っているな?」
「ええ。実現すれば、とてもおめでたいことです」
聞きかじった話では、我が国の隣国である中ノ国も、自国の王女を南ノ国の王太子妃にと盛んに推しているらしい。
南ノ国と繋がりを得たい我が国の外務大臣が、中ノ国に負けじとリリアナ王女をゴリ押しし、どうにか縁談にこぎつけようとしていると聞いている。
「建国三百年記念祝典が、おふたりの初めての顔合わせとなるのだ。逃す手はない。絶対に成功させねばならんのだ」
「はぁ……」
「実はその祝典にお前にも行ってきてほしいのだ」
アマリーは激しく瞬きをした。
だから、なぜ私が?とアマリーは頭を捻り、父の話を自分なりに整理しようとする。
「それは……もしやロレーヌ商会の一社員としての出張ですか?」
ロレーヌ商会は最近、南ノ国への輸出に力を入れていた。だが、まだまだ南ノ国内での効率的な物流や販路を築くのが難しく、開拓途上にある。もしや大物が一堂に会するであろう祝典に合わせて現地入りし、ツテを作ってこいと言うのだろうか。
「違う違う。――商会絡みの仕事ではない。全然関係ない。……なんと、ジャジャーン!! お前が王女になるのだ!!」
「……はい?」
言われたことが理解できず、妙にテンションの高い公爵の顔を凝視する。すると、公爵は力強く頷いた。頷かれても困る。
それまで沈黙を守って窓辺に立ち尽くしていた公爵夫人は、落ち着かない様子で窓の前を行き来しだした。
現国王の腹違いの妹として生まれ、王宮で王女として育った彼女はいつも鷹揚としていて、夫である公爵に意見や反論をしたことはこれまで一度たりともなかった。
公爵夫人は窓の前を何往復もしている。その異様さに目が離せず、アマリーが母に声をかけようとソファから腰を上げると、公爵はそれを制止した。
「アマリー、お母様はいいから座りなさい。お母様はまだちょっと、混乱しているのだ」
アマリーも混乱していた。だが公爵はそんなアマリーにはお構いなしに、いささか興奮した面持ちのまま、盛大に爆弾を投げ落とした。
(――結婚の話ではないのかしら?)
アマリーはおやっと心の中で首を傾げる。
公爵はとっておきの秘密を打ち明けるように、目を少し見開いて前のめりになった。
「実はお前に、王宮からとても高収入の仕事が舞い込んでいるのだ……!」
「私にですか? それはどのような……?」
王宮から仕事とはどういうことだろう。
アマリーの母はもともと王家の生まれで、現国王の妹だ。とはいえ身分低い側妃の王女だったし、現在のファバンク家はすっかり凋落して久しかったので、あまり王宮との繋がりがなかった。
国王の娘であるリリアナ王女はアマリーと同い年であったため、年の近い貴族の令嬢たちの中には、王女の侍女として働く者も多かったが、そもそもアマリーには今や王宮に着ていくようなドレスすらないので、考えたこともなかったし、縁もなかった。
アマリーはむしろ家業の手伝いで十分満足していたのだ。
公爵に競馬の才能はなかったが、多少の商才はあった。彼は妻の名を冠した『ロレーヌ商会』という革製品を中核とした貿易業を営んでおり、アマリーはその手伝いをしていた。
よその国へ運ばれていくのを待つ、倉庫に並ぶ艶々の革製品を眺めるのが、アマリーは好きだった。もっとも、ロレーヌ商会が挙げる利益の大半は、公爵と馬たちが走って築いた借金の返済に消えていたが。
公爵はもったいぶって咳払いをした。
「これがとっても美味しい話なんだ……!」
嫌な予感がする。そもそも公爵がほくほく顔をした時は、大抵ロクなことがなかった。
美味しい話となれば、なおさらだ。
「アマリー、実はお前に南ノ国に行ってきてほしい」
「えっ……? ごめんなさい、今なんと?」
「驚く気持ちはよくわかる。――南ノ国に行ってきてほしいんだ」
ロクでもない予感が強烈にする。
南ノ国といえば、周辺諸国の脅威に常に怯えながら存在するこの西ノ国とは違い、強大な軍事力を保持する大国ではないか。しかも竜などという巨大で不思議な動物がいる、とても特殊な国だ。
王都を出たことすらないアマリーには、遠すぎてまったく想像できない。
「我が西ノ国のリリアナ王女が、建国三百年記念祝典に参加されるために、今度南ノ国に行かれる」
「はい。そうらしいですね」
リリアナ王女は西ノ国唯一の王女だ。
とても大人しい王女で、王宮の外へほとんど出たことがないと言われていた。その王女がよその国に行くというのは結構な事件だから、巷では大いに話題になっていた。
だが、それと自分がどう関係するのか、わからない。
「我が国のリリアナ王女様と南ノ国のジュール王太子様のおふたりに、ご縁談があるのを知っているな?」
「ええ。実現すれば、とてもおめでたいことです」
聞きかじった話では、我が国の隣国である中ノ国も、自国の王女を南ノ国の王太子妃にと盛んに推しているらしい。
南ノ国と繋がりを得たい我が国の外務大臣が、中ノ国に負けじとリリアナ王女をゴリ押しし、どうにか縁談にこぎつけようとしていると聞いている。
「建国三百年記念祝典が、おふたりの初めての顔合わせとなるのだ。逃す手はない。絶対に成功させねばならんのだ」
「はぁ……」
「実はその祝典にお前にも行ってきてほしいのだ」
アマリーは激しく瞬きをした。
だから、なぜ私が?とアマリーは頭を捻り、父の話を自分なりに整理しようとする。
「それは……もしやロレーヌ商会の一社員としての出張ですか?」
ロレーヌ商会は最近、南ノ国への輸出に力を入れていた。だが、まだまだ南ノ国内での効率的な物流や販路を築くのが難しく、開拓途上にある。もしや大物が一堂に会するであろう祝典に合わせて現地入りし、ツテを作ってこいと言うのだろうか。
「違う違う。――商会絡みの仕事ではない。全然関係ない。……なんと、ジャジャーン!! お前が王女になるのだ!!」
「……はい?」
言われたことが理解できず、妙にテンションの高い公爵の顔を凝視する。すると、公爵は力強く頷いた。頷かれても困る。
それまで沈黙を守って窓辺に立ち尽くしていた公爵夫人は、落ち着かない様子で窓の前を行き来しだした。
現国王の腹違いの妹として生まれ、王宮で王女として育った彼女はいつも鷹揚としていて、夫である公爵に意見や反論をしたことはこれまで一度たりともなかった。
公爵夫人は窓の前を何往復もしている。その異様さに目が離せず、アマリーが母に声をかけようとソファから腰を上げると、公爵はそれを制止した。
「アマリー、お母様はいいから座りなさい。お母様はまだちょっと、混乱しているのだ」
アマリーも混乱していた。だが公爵はそんなアマリーにはお構いなしに、いささか興奮した面持ちのまま、盛大に爆弾を投げ落とした。