【書籍化予定】ニセモノ王女、隣国で狩る
「お前はリリアナ王女として、王宮を出発して南ノ国に行くのだ」
アマリーの眉根がぐっと寄る。
公爵の意図がまるでわからなかった。それはどういう意味なのか。話の点と点が繋がらない。
もしや借金で首が回らなくなり、自分の父は頭がどうかしてしまったのではないだろうか。アマリーは公爵が座るソファの後ろの壁にかけられた絵を睨んだ。一枚の白馬の絵を。
「お父様、仰っている意味がわかりません」
「実はリリアナ様は、一週間前から体調を崩されて離宮にいらっしゃるのだ」
(離宮に? それは知らなかったわ)
アマリーは子どもの頃に一度だけ会ったリリアナ王女の姿を、思い出そうとした。
従姉妹だからか、顔の造りは自分とよく似ていた気がする。だが雰囲気は似ておらず、大層大人しく、繊細そうな少女だったと記憶している。
「快方を待っていたのだが、なんと今朝からお顔に発疹ができてしまったらしい」
「それは……一大事ですね」
「だが南ノ国の王太子様とお会いできるこの機会を、逃すわけにはいかないのだ。なにせ中ノ国の奴らも、しつこくジュール王太子様を狙っているのだから」
「そうらしいですね。それは聞き及んでいます」
中ノ国と南ノ国はもともと古くから縁戚関係にあった。今回のジュール王太子の結婚相手を決める際も、南ノ国内部からも中ノ国王女を望む声が少なくないとか……。
「おまけに中ノ国のエヴァ王女は、可憐で見目麗しい方とも聞きかじっている。リリアナ王女を披露して中ノ国を黙らせる貴重な機会を失うわけにはいかない。これは国家の存亡を賭けた縁談だからだ」
西ノ国としては、南ノ国との血縁による結びつきをどうしても手に入れたいのだ。
「リリアナ王女が祝典に行けなくなり、中ノ国の王女などに割り込まれてはたまらない」
「……そうですね」
「祝典不参加は、あり得ないのだ」
(でも、どうしてその話の中に、私が? 仕事って、なんのことなのかしら?)
アマリーは父がなんの話をしようとしているのか、まだよくわからなかった。――というよりはむしろ、理解したくなかった。
「お前は、リリアナ王女と瓜ふたつだ」
「……ええ。よく言われましたけれど」
だから、なんなのだろう。
(私と――リリアナ王女が似ているから……?)
自分の背中を、汗が伝い落ちるのを感じた。季節は夏真っ盛りだが、暑さのせいだけではない。
「お前は今晩、深夜に王宮に入り、しかるべく準備をした後にこの国を出発して、南ノ国へ向かうのだ。リリアナ王女の代役として」
「今晩!?」
急すぎる。いや、急かどうかはこの際問題ではない。
(それよりも――リリアナ王女として……?)
父の口から再度飛び出た言葉を、信じ難い思いで聞く。
間違いであってくれと思いながらも、念のため確認をする。
「代役、というのは……まさかそれは、私が王女のフリをして南ノ国の祝典に行ってくるということですか?」
「その通りだ。よくわかってくれた! リリアナ様の代わりに祝典でその美しい顔を見せ、ジュール王太子様と一曲ダンスを踊りさえすれば任務完了だ!」
公爵の言うことが、アマリーの頭の中にうまく入ってこない。
随分な時間、アマリーも公爵も口を開こうとしなかった。いつの間にか乱れていた呼吸を落ち着かせてから、アマリーは公爵に尋ねた。
「お断りできますか……?」
老婆のような声に、自分で驚く。けれどそんな声しか出なかった。
「なにを言うのだ。そもそもこれは陛下からの命令なのだ」
「報酬は……いくら王宮からもらえるのですか?」
「一億バレンだ」
「一億っ!?」
アマリーはソファから飛び上がった。
驚愕のあまり、一億、一億!?と復唱してしまう。それに合わせて公爵も逐一、大きく頷く。
信じられないほどの大金だ。口止め料も含まれているのだろう。
「一億も……」
「そうだ! 祝典に参加するだけで一億だぞ! さらに、もし帰国後にジュール王太子様とリリアナ様のご結婚が決まれば、ボーナスとしてさらに一億。計二億バレンだ!」
二億バレンもあれば、どれだけ助かるだろう。ファバンク公爵家の抱える借金を返済しても、まだ有り余る金額だ。
目も眩むような額と仕事内容に、アマリーの息が、しばし止まった。
アマリーの眉根がぐっと寄る。
公爵の意図がまるでわからなかった。それはどういう意味なのか。話の点と点が繋がらない。
もしや借金で首が回らなくなり、自分の父は頭がどうかしてしまったのではないだろうか。アマリーは公爵が座るソファの後ろの壁にかけられた絵を睨んだ。一枚の白馬の絵を。
「お父様、仰っている意味がわかりません」
「実はリリアナ様は、一週間前から体調を崩されて離宮にいらっしゃるのだ」
(離宮に? それは知らなかったわ)
アマリーは子どもの頃に一度だけ会ったリリアナ王女の姿を、思い出そうとした。
従姉妹だからか、顔の造りは自分とよく似ていた気がする。だが雰囲気は似ておらず、大層大人しく、繊細そうな少女だったと記憶している。
「快方を待っていたのだが、なんと今朝からお顔に発疹ができてしまったらしい」
「それは……一大事ですね」
「だが南ノ国の王太子様とお会いできるこの機会を、逃すわけにはいかないのだ。なにせ中ノ国の奴らも、しつこくジュール王太子様を狙っているのだから」
「そうらしいですね。それは聞き及んでいます」
中ノ国と南ノ国はもともと古くから縁戚関係にあった。今回のジュール王太子の結婚相手を決める際も、南ノ国内部からも中ノ国王女を望む声が少なくないとか……。
「おまけに中ノ国のエヴァ王女は、可憐で見目麗しい方とも聞きかじっている。リリアナ王女を披露して中ノ国を黙らせる貴重な機会を失うわけにはいかない。これは国家の存亡を賭けた縁談だからだ」
西ノ国としては、南ノ国との血縁による結びつきをどうしても手に入れたいのだ。
「リリアナ王女が祝典に行けなくなり、中ノ国の王女などに割り込まれてはたまらない」
「……そうですね」
「祝典不参加は、あり得ないのだ」
(でも、どうしてその話の中に、私が? 仕事って、なんのことなのかしら?)
アマリーは父がなんの話をしようとしているのか、まだよくわからなかった。――というよりはむしろ、理解したくなかった。
「お前は、リリアナ王女と瓜ふたつだ」
「……ええ。よく言われましたけれど」
だから、なんなのだろう。
(私と――リリアナ王女が似ているから……?)
自分の背中を、汗が伝い落ちるのを感じた。季節は夏真っ盛りだが、暑さのせいだけではない。
「お前は今晩、深夜に王宮に入り、しかるべく準備をした後にこの国を出発して、南ノ国へ向かうのだ。リリアナ王女の代役として」
「今晩!?」
急すぎる。いや、急かどうかはこの際問題ではない。
(それよりも――リリアナ王女として……?)
父の口から再度飛び出た言葉を、信じ難い思いで聞く。
間違いであってくれと思いながらも、念のため確認をする。
「代役、というのは……まさかそれは、私が王女のフリをして南ノ国の祝典に行ってくるということですか?」
「その通りだ。よくわかってくれた! リリアナ様の代わりに祝典でその美しい顔を見せ、ジュール王太子様と一曲ダンスを踊りさえすれば任務完了だ!」
公爵の言うことが、アマリーの頭の中にうまく入ってこない。
随分な時間、アマリーも公爵も口を開こうとしなかった。いつの間にか乱れていた呼吸を落ち着かせてから、アマリーは公爵に尋ねた。
「お断りできますか……?」
老婆のような声に、自分で驚く。けれどそんな声しか出なかった。
「なにを言うのだ。そもそもこれは陛下からの命令なのだ」
「報酬は……いくら王宮からもらえるのですか?」
「一億バレンだ」
「一億っ!?」
アマリーはソファから飛び上がった。
驚愕のあまり、一億、一億!?と復唱してしまう。それに合わせて公爵も逐一、大きく頷く。
信じられないほどの大金だ。口止め料も含まれているのだろう。
「一億も……」
「そうだ! 祝典に参加するだけで一億だぞ! さらに、もし帰国後にジュール王太子様とリリアナ様のご結婚が決まれば、ボーナスとしてさらに一億。計二億バレンだ!」
二億バレンもあれば、どれだけ助かるだろう。ファバンク公爵家の抱える借金を返済しても、まだ有り余る金額だ。
目も眩むような額と仕事内容に、アマリーの息が、しばし止まった。