箱入りワガママ公爵令嬢は誕生日プレゼントに貧乏貴族を所望します

12 最後のデート

 

 ・・◆


 最後のデートが始まった。


 午前は、シエナの希望でいつものフリエル領の街へでかけた。
 エストは「いつもの場所でいいのか?」と聞いてきたが、シエナはここがよかった。

 初めて出かけた街。初めて買い食いをした街。初めてエストと出かけた街。
 あれから2度ほどエストは連れてきてくれたし、ペトラやフリエル家とも来た。
 だからこそ、最後にもう1度ここに来たかった。


 いつもの本屋で30冊も購入した。本屋の店主とは顔馴染みになっていて今日が最後だと伝えると、店主おすすめの本をプレゼントしてくれた。
 持ちきれないほど購入したものだから、ペトラに馬車で本だけ迎えにきてもらった。


 王都に戻ってから自室で育てようと、室内でも育てられる花の種も買った。
 以前エストからもらったダンシングフラワーと一緒に育てるつもりだ。毎日水魔法でお世話をして。

 他にも雑貨屋で小物入れを買った。服屋でワンピースも買った。
 どれも王都では買えないものだ。

 フリエル家にお礼の品を購入しようかと思ったが、彼らはいつでもここには来れる。王都にしかなさそうなものを後日届けさせよう。とシエナは思った。

 お気に入りの菓子屋で、焼き菓子も買った。日持ちするものもあるので帰ってしまった後も食べられる。
 ここの素朴なクッキーがシエナは大のお気に入りだった。


「昼は何か食べたいものはある?夜は家で食べたいんだっけ。」

 菓子屋を出たところでエストが訪ねた。彼の手にも焼き菓子の包みはいつくかある。研究の合間に食べるのが丁度いいと言い訳しながら彼は結構甘党だ。

「はい、今日はダリル様がたくさん私の好きなものを作ってくださるそうです。」

 使用人もいるのだが、フリエル家ではダリル夫人が食事を作ることも多かった。
 今日は、シエナも世話をした野菜たちを使ってくれると言ってくれた。


「お昼はそうですね……いつものパンがいいです。」

「まあそう言うと思ったよ。」

 エストはあれでいいのか?と呆れながらも予想していたようだ。
 初めて買い食いした、シチューを包み込んだパン。
 あれからも何度か食べたが、できるだけ長くこの先も覚えていられるように今日も食べたかった。


 いつもの屋台でパンを受け取ると、エストは広場とは反対方向に歩き出した。


「エスト様、今日は広場で食べないのですか?」

「うん。もうここで欲しいものは買えただろ?」

「そうですね。」

「ちょっと移動しようと思ってさ。時間もないし、馬車の中で食べよう。」

 メインストリートに設置されている時計台を見るとちょうど正午だ。
 街でやりたいことは終えたし、お昼の後は屋敷に戻るのかと思っていたが、まだデートは続くらしい!
 エストの後ろに歩くシエナの足ははずんだ。


 最初からエストは馬車の中で食べようと決めていたようで、街の外れに馬車と御者が待ってくれていた。
 馬車に乗り込んでから、早速包みを開ける。温かいうちに食べるのが美味しいからだ。いい匂いが広がった。


「今からどこに行くんですか。」

「フリエル領の外れだけど、気持ちいい場所があるんだ。ここから20分はかかると思う。」

 エストは窓の外を見ながら早速パンに豪快にかぶりついている。

「楽しみにしています。」

 私も温かいうちに食べてしまおう。シエナもエストに続いてパンを齧った。


 フリエル領は自然豊かな場所だ。馬車の外は田園風景が広がっている。


 街は人々が行き交い、街の周りには大きな住宅地がある。
 しかし、人が多く集まる場所はそれくらいなもので、一歩街を出れば大地が広がる。

 外を眺めていると風が頬を撫でて心地いい。遠くに大きな風車が見えた。


 ふとエストを見やると、彼は居眠りをしていた。
 忙しい中、無理に時間を作ってくれたのだろうか。寝息が聞こえる。
 スースーと規則的な音が聞こえて、それが無性に安心した。
 目的地まではこの音をただ聞いていたかった。


 しばらくエストの寝息をBGMに外の景色を眺めていると森の中に入った。
 人の手が入った道のようだが、馬車の揺れは大きくなる。


「わ。」

 ガタンと揺れてエストが目をさました。まわりをキョロキョロ見ている。

「ごめん、寝ていたみたいだ。」

「いえ、お疲れだったんでしょう。クマがひどいですよ。」

 よく見るとエストの目の下には大きなクマがある。あまり寝ていないのかもしれない。


「魔法具の開発が大詰めなんだ。……君は今日は化粧をしているのか。」


 エストの前では泥まみれだったり、草まみれだったり、汚れた服を着ていたり、子供のような姿しか見せていなかった。
 今日は久しぶりにペトラにきちんとした支度をしてもらった。髪の毛を丁寧に梳かして巻いて、軽く化粧もしてもらってワンピースだって汚れていないものにした。子供には見えないはずだ。


「はい、デートのつもりでしたので。」

「確かに今日の君はきれいだな。」

 エストはあっさりと言った。意識して欲しくてデートと言ってみたのに、さらっと真顔で返されてこちらが照れる。
 しかしそんなシエナの気持ちには全く気づいていなさそうだ。魔法以外には鈍感な人だ。


「ああ、もう森の中に入ったのか。そろそろつくな。」

 馬車はだいぶ森の中を進んだようだ。しばらく進むと水音が聞こえてきて、そこで馬車は止まった。

「ここからは馬車では進めないから歩いていこう。」

 エストに指示を受け、馬車から降りる。
 なるほど、降りてみるとわかる。今まで進んできた道は行き止まりのようだ。前には馬車が入れないくらいの、木々が囲む小さな小道だけが続いている。
 その小道をエストは進んでいくので、シエナも後に続いた。

 どれほど歩くのだろうと思う間もなく、小道は3分もたたないうちにすぐに開けた場所に出た。


「わあ……!」

 先ほど聞こえていた水音はこれだったのか。目の前に広がっているのは滝だった。
 深い緑に囲まれた小さな滝だ。水しぶきが作ったひんやりとした空気が気持ちいい。水は透き通っていて、周りに咲き乱れる白い花たちが幻想的だ。


「君が好きな光景だと思って。連れてきたかったんだ。」

「はい、好きです……!ありがとうございます。」


 やっぱり「エストがイメージするシエナ」が好きだとシエナは思った。

 シエナの周りの人に「シエナが喜ぶ場所はどこ?」とお題を出した時、誰がこんな素敵な答えを出してくれるだろうか。


「焼き菓子もあるから。午後はここでゆっくりしよう。」

 エストは花の中に腰かけた。最後の午後としてこれ以上ないほど「何もしない贅沢」を味わえそうだった。


 ・・


 どれくらい時が過ぎただろうか。

 深い木々に囲まれたこの場所は、太陽の光がまっすぐ届かない。
 この幻想的な空間の中では、時間の経過がわかりづらい。一瞬のような気もしたし、1時間はたっている気もした。


 滝に向かって2人隣に並んで、お菓子を食べながら、エストの出張プチ魔法講座が始まったり、シエナの好きな小説の話をした。
 図鑑で読んだ魔法生物の話もしたし、庭に実っている野菜の話もした。


 それはとても楽しい話題だが、本当に話したいことを逸らすための話題でもあった。


 シエナは決めていたのだ、自分の気持ちを伝えようと。
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