箱入りワガママ公爵令嬢は誕生日プレゼントに貧乏貴族を所望します

16 誕生日プレゼントには

 


 シエナは今度こそ完全に固まってしまって、次の言葉を紡げない。
 身体中のすべての機能が停止してしまったのかと思うほどだ。

「まあ、はいそうですか。とはいかないよな。」

 何も言えないでいるシエナに、エストは自虐的に笑って頭をかいた。

「君の嫁ぎ先として王子が挙がっていることも知ってる。
 この場には参加できても、王子をさしおいて子爵家の俺と結婚するなんてありえないだろ。」

「………。」

「でも、俺は今持ってるものを諦めても、君が欲しい。」

 小さな滝で期待していた言葉だ。もう諦めていた。諦めていた未来が突然提示されるとこんなにも混乱してしまうものか。


「でもそうしたら、あなたの夢は……。」

「俺は魔法が好きなだけなんだ。
 君に教えていて気づいたんだけど、魔法を広めることができるのは魔法具だけじゃないんだ。
 魔法具は手段の1つであって目的でない。」

「……。」

「魔法具研究で国の支援をと引き換えに君を失うなら、手段は魔法具でなくてもいい。

 俺は魔法を教えることも楽しい。フリエル家を継ぐのはロビンに任せて、本当にただの家庭教師のエストになる。
 どこか遠くの街にいってどこかの魔法学校で働くのもいい。それでも夢は叶うだろ?」


 エストの言いたいことがわかってきた。泣き出してしまいそうだ。
 彼は決して叶わない夢を語っているのではない、本気で2人の未来を掴もうとしてくれている。


「君がいない生活の方が俺にはもう無理なんだ。」

 そう言うエストも泣きそうな顔で笑いかけた。その表情にシエナのこらえていた涙がとうとう1粒落ちた。


「それに魔法具のことも諦めてない。国から支援がなくても1人で研究も開発もできる。
 君がいなくなってから同じく魔法具を研究している貴族たちにコンタクトを取ってみたんだ。」

 エストは優しく続けながら、シエナの瞳から零れた涙を掬う。

「そのツテで、ある辺境伯が興味を持ってくれてね。
 彼は自分では研究はしないけど、魔法具をコレクションするのが好きなんだ。
 試作品のあのカードを高額で買い取ってくれたんだ。」

「すごいわ……!」

「その資金を元に研究は続ける。もし居場所がないならと辺境伯領に滞在する許可ももらえた。
 まあフリエル領から更に遠い本当に田舎だけど……君ならいいよね。」

 そう言ってエストがはにかむから、また涙が1粒零れ落ちた。

 この2ヶ月、彼はシエナとの未来を掴むためにどれだけ奔走してくれたのだろう。


「もっと早く来れたらよかったんだけど。」

「いいえ……本当に、なんて言ったらいいかわからない。」

 嬉しすぎると言葉が出ないとはこのことだ。シエナはこの感情をどう表したらいいのかわからなかった。


「だから俺のことは気にしなくていいんだ。父も応援してくれてる。
 でも、君の立場を考えると……。君は俺を選んでくれる覚悟はある?」

 先ほどまで威勢の良かったエストは少し悩んでからシエナに聞いた。


 公爵令嬢という立場だけならいくらでも捨てることはできる。
 田舎暮らしだってかまわない。使用人がいないと家事は全然できないけど、きっと頑張れる。

 でも他国の王子との結婚を断って、ティルヴァーン公爵家は大丈夫なのだろうか。


「そうですね……。
 でも今日はパーティーにいらっしゃるだけでまだ結婚が決まったわけではないんです。
 ですから、王子とお会いする前に父に正直に話して、私が結婚する時期を延期してもらおうと思います。」

 スマートな案には思えなかったが、それくらいしか浮かばなかった。


「君はもう2年も延期しているから、その言い分は通るかな。」

「でも……私も、もう諦めたくないんです。」

 ここで強引に連れ去ってくれないところがエストの愛しい部分だと思う。
 だから、私も覚悟を決めなくては。シエナは決心した。


「とにかく、お父様にお話をしてこようと思います。どちらにいらっしゃるかしら。」


 シエナが見渡すと、ちょうど会場に入ってくれるティルヴァーン公爵が見えた。

 ティルヴァーン公爵と一緒にいるのは……黒髪の男性だ。
 公爵と同年代に見える、もしかして彼が東の国の国王だろうか。

 心臓がドキリと鳴り、身体が冷たくなる。間に合わなかった。
 隣のエストと目が合った、もう何もかも捨てて、逃げてしまおうか。


「シエナ!」

 しかし、ティルヴァーン公爵の方が先にシエナを見つけた。
 出口は公爵側にある、逃げられない。
 すぐに公爵たちが2人のもとに到達してしまった。


「シエナ、こちらモリス陛下だ。」

「はじめまして、シエナ嬢。お誕生日おめでとう。」

 黒い髪、黒い瞳。50代くらいの小柄な男性がシエナに挨拶をした。


「初めまして。シエナ・ティルヴァーンと申します。
 この度はお越しいただきありがとうございます。」

 頭が真っ白になってしまっているが、どうにか簡単な挨拶をした。

「素敵なパーティーにお招きありがとう。おや、君はこの国の人なのかな。」

 同じく黒髪のエストに興味を持ったようで、モリス陛下はエストに目を向けた。

「エスト・フリエルと申します。ええ、この国に生まれました、両親は金髪碧眼なのですが……。」

「へえ。それじゃあ我が国のご先祖様がいたかもしれないね。」

 何の含みもなくサラリとモリス陛下は言ってから、「そうだ」とシエナの方を向いた。


「私の息子からプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかな。」

 ついにこの時が来てしまった、間に合わなかった。王子のプレゼントを受け取ってしまったらもう断ることはできない。

「そろそろ来ると思うんだが。」

 モリス陛下は会場の入口を見つめている。

 どうしよう……!
 気が焦るシエナの背中にエストはそっと手を当てた。見上げるとエストはシエナを見て頷いた。
 大丈夫、隣にエストがいてくれるなら。シエナは息を吸い込んでどうにか落ち着いた。


「ああ、来た来た。こっちだよ。」

 何か案が思いつく間もなく、モリス陛下の声が聞こえた。

 モリス陛下が入り口の方を向く。その視線の先には、モリス夫人だろうか。
 黒髪のきれいな女性と……女性に手を引かれた黒髪の幼子がいた。
 2人はまっすぐこちらに歩いてきて、そしてシエナたちの前で足を止めた。

「私の妻のシホと、息子のトーリだ。」

 モリス陛下の言葉が聞こえて、女性と子供を見た。
 トーリ王子は、モリス陛下にソックリな黒髪に切れ長の黒目で……しかし、どう見ても3歳くらいの男の子だった。

 エストとシエナは思わず顔を見合わせる。ティルヴァーン公爵も目を丸くしてその場に立っていた。


「シエナ嬢が花が好きだと言ったらね、屋敷に生えている物を持っていくと聞かなくて。」

「おめでとう。」

 カタコトでトーリ王子は束になった枝をシエナに渡した。
 枝の先には愛らしい小さなピンクの花がついている。


「それはサクラというんだ。ちょうど今が季節でね。花束などとは違って華やかさはないんだが美しい花だよ。」

「本当にかわいいです、ありがとうございます。」

 シエナが受け取るとトーリは嬉しそうに笑ってくれた。


「それじゃあ国王の元に行くよ。今回はお招き本当にありがとう。
 私たちからシエナ嬢への誕生日プレゼントは別で贈っておいたからまた受け取ってほしい。」

 そして彼らはアッサリと去っていった。残された3人には沈黙が広がる。



「シエナ……。」

 第一声を発したのは顔面蒼白のティルヴァーン公爵だった。

「すまない。まさかトーリ王子がまだあんなに幼いとは!あの写真はモリス陛下だったか……!?」

 シエナとエストはもう1度顔を見合わせた。そして、2人とも笑いが込み上げてくる。

 娘を溺愛して、誰もがシエナに恋に落ちると思い込んでいる父だ。
 パーティーで引き合わせさえすれば、結婚に至るとでも思って、まさか何も根回しをしていなかったのだろうか?


「お父様。」

 汗が止まらない様子のティルヴァーン公爵にシエナは声をかけた。
 公爵の肩がビクッと震える。

「私欲しいものがあるんです、誕生日プレゼントに!」

「な、なんだ。なんでも買おう。」

 シエナが怒っていないことに気づいたティルヴァーン公爵はホッとしたようだ。
 今なら娘のためにどんな高級なものでも買ってくれるかもしれない。


 でも、シエナが欲しいのは1つだけだ。


「お父様、18歳の誕生日プレゼントには素敵な旦那様が欲しいです。」

 そして、エストの腕を引き寄せて宣言した。

「私はエスト・フリエル様と結婚したいのです!」
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