箱入りワガママ公爵令嬢は誕生日プレゼントに貧乏貴族を所望します
最終話 自由な未来
誕生日パーティーからひと月が過ぎた。
シエナはフリエル領に向かう馬車に揺られている。流れる景色を眺めながら、あの夜のことを思い出して微笑んでいた。
・・
あの後……
シエナの言葉に固まっていたティルヴァーン公爵に、エストも続けた。
どこからか用意した冊子を公爵に押し付けて早口で語り始める。
「お久しぶりです、ティルヴァーン公爵。
今はまだ田舎に住む貧乏子爵ではあるのですが、今開発している魔法具は成功する自信があります。
これは今後の3年計画書です、1度目を通していただけますでしょうか。
冊子1ページ目の魔法具の開発を進めております。こちらの魔法具は……。」
「ま、まてまて。」
怒涛のプレゼンが始まりそうだったものだから公爵は汗を拭いながら慌てて遮った。
「君の計画書の話はあとで聞こう。
その前に……2人は、その……愛し合っているのかな?」
ティルヴァーン公爵の言い方にシエナはまた笑いが込み上げてきそうだったが
「はい、私はシエナ嬢を愛しています。」
と、隣のエストは真面目に答えた。あまりのまっすぐさにティルヴァーン公爵は後ずさりしたほど。
そして、公爵はシエナに目線を向けた。
「シエナも?」
「ええ。私もエスト様を愛しているんです。」
ティルヴァーン公爵の視線は何度も2人の顔を往復した。まだ理解が追い付いていなさそうだ。
それもそうだ、先ほどまで娘を東の国に嫁がせるつもりだったのだろうから。
「ふむ……。そうだな。元々そういう話だったしな。」
公爵は1人でブツブツつぶやいて考え込んでいる。
「そうね、このパーティーにいらした貴族であればどなたでも結婚していいと言ったわ。」
「1番最初の話は、私とシエナ嬢が結婚するという話でしたからね。」
シエナとエストの声が重なった。2人はまた顔を見合わせる。――今日何度目だろうか。
「ええと、つまり、お父様は……私とエスト様の結婚を元々許していたの?」
「許すも何も……シエナが何年も結婚を拒否し続けたんだろう。
だからもう私はお前がいいと思う相手ならそれでよかったんだよ。」
ようやく状況整理が落ち着いたティルヴァーン公爵は優しく言った。
シエナとエストはもう1度顔を見合わせて笑ったのだった。
・・
そこからは結婚に向けてあっという間に話が進んでいった。
シエナがフリエル領に行ってしまうのは嫌だと家族がごねて話が進まなくなったりもしたが。
無事に2人の婚約は決まり、2人は結婚式の後はフリエル領で暮らすことになった。これだけはどれだけ家族がごねてもシエナが譲らなかった。
そして、今日は久しぶりにフリエル領に向かっている。あの滞在時以来だ。
ティルヴァーン家の強い希望で結婚式は王都で盛大に行うことになっている。
様々な手続きや結婚式の準備などやることが多すぎて、シエナは王都から出ることができなかったのだ。
エストに会うのも久しぶりだ。
エストはティルヴァーン公爵に心から受け入れてもらえるようにと、メッセージカードの実用化に向けて忙しそうだ。
カードの研究費用はティルヴァーン公爵が支援している。
元はシエナとの恋愛ごっこの報酬だったが、今は違う。
あの日押し付けた冊子と共に、メッセージカード3年計画のプレゼンを聞いたティルヴァーン公爵は正式に支援者となった。
娘の夫となるからではない、純粋にこの計画に期待している、と言ってくれている。
近い未来に、身分差なんて気にならなくなるだろう。
「いらっしゃい、シエナ。」
馬車が止まると、初めて来た日と同じようにグレアムが迎えてくれた。
違うのは、その後に屋敷からダリルとロビンが飛び出してきてシエナを抱きしめてくれたこと。
その後ろから出てきたエストが微笑んでくれていることだった。
今日来たのはフリエル家への挨拶もあるが、エストとシエナが住む屋敷の打ち合わせのためだった。
フリエル領に住む条件として、ティルヴァーン家は屋敷をプレゼントすると言って聞かなかった。
「2人で住むのもいいんじゃないか。家族に気にせずシエナにキスすることもできるし。」
とエストがシレッと言うものだから、言葉に甘えることにした。
シエナにとってもそれは魅力的だった。
・・
フリエル家から大歓迎のおもてなしを受けた翌日、2人は屋敷の候補地を訪れていた。
フリエル領は広い土地がたくさんある。街から少し離れた場所、フリエル家のように広い庭が作ることがシエナの希望だった。
前からエストが目星をつけていたのは、街を見下ろすことができる小高い丘だ。十分な広さがあるので、シエナのお気に入りの庭を作ることもできるだろう。
「素敵!ここにしたいです。風も気持ちいいし、夜に街を見下ろしたら明かりもきれいでしょうね。」
「俺は君の好きなものをわかっているからね。」
一目で気にいったシエナの様子に満足気なエストは、その場に座り、持ってきた籠からサンドイッチを取り出した。
「それにここでお昼もしたいかと思って。用意してたんだ。」
「さすがですね。」
シエナもエストの隣に座った。いつも着ていたワンピースだから、お尻が汚れてしまっても問題ない。
「それからもう1つ用意したものがあって。でも、これはあまり喜ばないかも。」
エストはサンドイッチが入っていた籠から小さな箱を取り出した。箱を開けると小さな宝石のついた指輪が出てくる。
「これは……。」
「指輪。アクセサリー好きじゃないかもしれないけど、ちゃんとしたくて。」
「アクセサリーは特別好きではないですが……この指輪は嬉しいに決まっていますよ。」
戸惑うシエナの細い指に指輪が通されていく。
「それならよかった。あの時、勢いでプロポーズしてしまったからきちんとしたくて。」
指輪が奥まで進む。日の光を浴びてダイヤがキラリと輝いた。
エストのこういう真面目できっちりしたところもシエナは好きだ。
「ティルヴァーン公爵には言えたけど、君には言えてなかっただろ。」
「何をですか?」
「シエナ、愛してるよ。やっぱり君がいないとだめだな。」
こういう時、全く照れずにサラッと言えてしまうエストはどうしてなんだろうか。代わりにシエナの頬が赤く染まる。
指輪を嵌めた手をそのまま引っ張られ、シエナはエストの腕の中に入り込んだ。
「私もです。これからはここで一緒に過ごせるんですね。」
まだ何もないこの場所で、これからの生活を想像してみる。
午前はエストの仕事の手伝いをして、昼は時々は外で食べよう、午後は庭で畑仕事をしたり、花を育てよう。
いつもの本屋に行って、パンを買って、焼き菓子をお土産に。たまには芝生で寝転がって。
ささやかな幸せはすぐに思いついた。そんな日々を繰り返していくんだ。
丘は何もなく、目の前には開けた景色が広がっている。今、私は自由だ。
「シエナ。」
名前を呼ばれて見上げると、すぐ近くにエストの顔があった。
夜空みたいなキラキラの瞳の中にシエナがうつる。その幸福にシエナを目を閉じて優しいキスを受け入れた。
FIN