箱入りワガママ公爵令嬢は誕生日プレゼントに貧乏貴族を所望します

05 嬉しい!の報告




 ・・ ◆



 同居3日目。


 今日の魔法講座はエストの研究、魔法具について。
 実践ではないから、と応接間での講座だった。


「俺の専攻の話に入る前に。君は魔法使いってどんな存在だと思う?」

「魔法使いですか……。小説の知識くらいしかありません。」

 思い浮かべてみるが、実はシエナは魔法についてほとんど知らない。彼女自身はもちろんまわりも使っているところを見たことがない。


「うん、現実に存在する魔法は、なんでもできるわけじゃないんだ。

 ケーキ出てこい!と願ってケーキが現れる、というような魔法はない。

 昨日実践したような物を動かしてみたり、火や水を発生させたり、単純なものだけ。

 学校でも選択科目の1つとして魔法を学ぶだけ。君たち貴族などはよく知らない人も多いんだ。」


「そうだったんですね。」

 シエナは真面目にノートを取っている。
 漠然と魔法使いはすごい存在だというイメージしかなかったが、そう簡単なものではないらしい。それすら知らなかった。


「小説みたいな魔法も可能じゃないかと、研究され続けている。魔法はまだまだわからないことが多いから楽しいよ。」


 エストが楽しそうな口調になってきたのを感じる。


「魔法は正しく使えば便利だから、実際に仕事で使われているものもある。


 まず騎士団。彼らは攻撃魔法を専攻し、戦闘道具として魔法を使う。

 そして、ヒーラー。医者やナースだね。
 治癒魔法を研究していて病気や怪我を治す職業。
 そこから派生して薬草学なんかもある。」

「王立騎士団やお医者様にはお会いしたことがあります。彼らは魔法使いだったのですね。」

「うん。あとは魔力をサービスとして販売する魔法企業を商人がやってる。
 例えば水魔法が得意な人を集めた園芸魔法会社が、貴族邸の広い花壇だとか農家の畑の水やりで儲けたり。」

「実用的なサービスですね。」

「うん。基本的な魔法が扱えると雇ってもらいやすいから、地方の学校では魔法学園に近いものがあったりするよ。」

「へええ、そんな学校面白そうですね。……貴族に魔法の勉強が必要がないのもわかりました。」

 知れば知るほど魔法はシエナには必要のない知識ではあった。魔法を使わなくても使用人が全て代わりにやってくれるからだ。


「そうだね、貴族に多いのは魔法研究者。
 複雑な魔法を使えるように試すような研究もあるし、魔法史専攻もある。
 俺の魔法具研究はここに含まれる。」


 エストはそう言うと手のひらにすっぽり治まる小さな箱のようなものを出して、机の上においた。
 カチリと音を立てると開いた箱から火が出た。

「わあ!」

「これは俺が作った魔法具なんだ。ライターって呼んでる。
 魔力を込めた石を、道具に組み合わせるんだ。」

「すごい!エスト様はそんなすごい発明家さんだったのですね。」

「魔法は便利で面白いだろ。
 でも、魔力を持つ人ばかりじゃないし、魔法のことを知らない人が多い。
 だからこの国の誰でも魔法を扱えるようにしたいんだ。」

 そう夢を語るエストの黒い瞳は光が満ちていた。
 初めて出逢ったときに見た、何もうつさない黒い瞳とは大違いだ。

 人に興味がなさそうなのに、人のために魔法を研究していたのか。
 魔法のことが本当に好きで、好きなものを語る時は彼はこういう顔をするのか。


「素敵な考え方ね。」

「今研究しているのは魔力補助具で――。」

 彼が次にカバンから取り出したのは石だった。手のひらにコロンと乗せられる宝石のようなもの。


「これは自分の持つ魔力をさらに引き出すようなもの。
 騎団の扱う攻撃魔法がより強力になったり、水やりをするなら範囲を広げてみたり。そういう手助けの魔法具を考えている。
 ただ加減の設定に苦労していてなかなか完成させられなくて……

 それから乗り物!魔法の力で動く乗り物も考えているんだけど……これは浮遊魔法を活用すれば……」


 カバンから設計図のようなものやガラクタにしか見えないような試作品をいくつも取り出して、ひとつひとつ情熱的に説明した。

 魔法について話すエストは饒舌だ。目の前にある大好きなおもちゃを自慢する子供のようだ。


「あっ、ごめん。喋りすぎた。」

「聞いていて楽しいですよ。」

「それで本題なんだけど。この1ヶ月、君も一緒に考えてみるのはどうかな?」

「何をですか?」

「作りたい魔法具だよ!

 実際に魔法具を完成させるのは1ヶ月では無理だけど、
 試作品を作ったり、実用的な物があれば俺がその後研究を続ける。

 欲しい魔法具は話すだけでも楽しいと思うんだけど……」


 そこまで一気に言ってからエストは初めて不安そうな顔になり、早口で続けた。


「いやこれは俺が魔法が好きだから楽しいと感じるだけかな。女性には興味がなかったかも」

「あははっ。」

 シエナはおかしくてたまらない。

 シエナのことは全然興味がないのに魔法についてはこれほど熱量があることも、クールだと思っていたのに魔法に対しては熱血なところも、ずっと話し続けていたけどまだ本題に入っていなかったことも、そして突然我に返って不安になるところも。



「やっぱりおかしいかな?」

「いいえ、最高よ!とても素敵なアイデア!ぜひやりたいです!」


 エストと作る魔法具が本当に形になったなら。

 それは生涯の宝物になる。またつまらない生活に戻っても、その魔法具を見るだけでも幸せな気持ちを思い出せそうだ。



 気恥ずかしくなったのかコホンと咳払いをしてエストは言った。

「それじゃあ、時々魔法具研究もしよう。」

「はい、楽しみにしています。」


 シエナの返答にエストの顔色がパッと明るくなる。
 彼の最初の冷たい印象はほとんど消えていた。意地悪なのではなく、この人本当に魔法にしか興味がなかっただけなのだ。かわいい人だ。
 



 ・・♠



 シエナがやってきて1週間が過ぎた。


 午後は自室で論文を書いたり研究を進めるのがエストの日課だ。
 そしてコーヒーを飲む休憩時間に窓からシエナを観察するのも日課になっていた。


 シエナは午後、庭にいることが多い。
 読書が好きらしく本を読んでいることが多いが、目的は自然を楽しむこと、だそうだ。


 先日は布も敷かず、上質なワンピースのまま寝転んでいた。「ずっと憧れていたんです、芝生でゴロゴロすること!」と夕食の席で嬉しそうに報告してきた。

 今日は家庭菜園のトマトをダリルとペトラと収穫しているようだ。
 そんなこと公爵令嬢がする必要なんてないだろうに、彼女は汗をふきながらカゴにトマトを入れていた。

 今日の夕食にはトマトが出るに違いない、そして「私が収穫したんですよ!」とシエナが自慢気に報告してくるだろう。想像すると自然と笑みがこぼれる。

 自分の表情に気づかないまま、コーヒーを飲みきったエストはまた机に向かった。



 ・・

 
 本日の魔法講座が終わった、テーマは魔法史。


 魔法について24時間連続で喋り続けることが出来るエストにとって、魔法を教えるのは研究の次に好きなことになっていた。
 しかもシエナは真面目な生徒だ。教えるのが楽しくて仕方ない。


 歴史の授業が好きだったというシエナはとても楽しんでくれたが、楽しそうなシエナの姿にエストも充実感を覚えていた。


 では、今日はここまでと解散しようとすると


「エスト様、相談があるのですが。」とシエナが持ちかけた。


「実は持参した小説を読み切ってしまいまして。可能であれば取り寄せたいのですが。商人を呼んでいただけないでしょうか?」

 ボストンバッグ一杯に詰め込んできたが読み切ってしまったらしい。それは一大事だ。


「取り寄せ?」

「ええ。いつもは本を取り寄せて購入していました。時々王立図書館にも出向きましたが。」

「こんな田舎は取り寄せなんてないよ。」

「そうでしたか。」

 シエナは残念そうな顔になる。
 そしてエストは昨日の夕食の時間を思い出す。嬉しそうにトマトの報告をしてきたシエナの顔を。


「じゃあ今日は一緒に街に行こう。」

 シエナが喜ぶことは、もうわかっていた。


「えっ、街ですか。私も行っていいのですか?」

「自分で選びたいだろ?」

「はい……!」

 エストの予想通りの表情になった。
 シエナは嬉しいことがあると身体全体から嬉しい!が聞こえてきそうなくらい喜んでくれる。残念な顔をこの顔に変えたかった。


「お昼も街で食べようか。」

「わあ、本当ですか!」

 ほら、また1つ彼女の嬉しいが増えた。シエナの嬉しい!の気持ちはエストの心にも降り積もる。


「じゃあ30分後に出発でいい?」

「はい、準備しますね!」

 そこでシエナはふと気がついたようにエストに質問した。

「今日はお仕事はいいのですか?」

「うん、今日はないよ。じゃあまた後で。」



 シエナに手を振って一旦別れる。エストの言葉は完全に嘘だった。今日中に片付けないといけない報告書がある。
 父や母に彼女を託して仕事に集中する、という選択肢もある。


 しかし初めて街に行ったシエナがどんな表情をするのか、どんな喜び方をするのか、自分の目で見たかったのだ。


「これは魔法生物を観察するのと同じだからな。」

 エストは誰かが聞いているわけでもないのに、言い訳をつぶやいた。
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