箱入りワガママ公爵令嬢は誕生日プレゼントに貧乏貴族を所望します
07 これが恋でないのなら
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明日の魔法講座は庭で、そう言われてからずっと楽しみにしていた。どの授業も楽しいが、実際に魔法を使ってみるのは特に面白い。
どんな魔法を今日は使えるのか、ワクワクしていたシエナの目の前に植木鉢に植えられた花が置かれた。赤い普通の花のように見える。
「これは?」
「君が以前魔法生物を見たいと言っていただろ?今日は魔法生物の話をしようかと思って。」
「わ、本当ですか!もしかしてこれ取り寄せてくださったんですか。」
シエナはエストと以前交わした会話を思い出した。
エストが魔法生物の研究もしていると聞いて、ぜひ実物を見たい!とワガママを言ってみたのだ。
しかしエストは魔法生物は魔法具の研究の一環で研究しているだけで、自分では飼育はしておらず、シエナの願いは叶わなかった。
「まあ……今開発中の魔法具の参考になりそうだから元々取り寄せるつもりだったんだ。」
エストははぐらかして「まず魔法生物についての話をしよう」と話を戻した。
「自然界の生物、動物、それらも魔力を持っていることがあり、まとめて魔法生物と呼んでいる。
生物自体を研究したり、俺のように魔法生物の能力を使って魔法具を発展させられないか、という研究をすることもある。」
「ふむふむ。」
「生物自体が気になるなら、図鑑なども発刊されているから読んでみるといいよ。」
「次本屋に行くときに買ってみます。」
「それでこの花なんだけど。」
そこで言葉を切ったエストは花の上に手をかざす。シャワーのような柔らかい水が花に降りそそいだ。
すると、花が水に反応して踊りだした。クネクネとリズムに乗って楽しそうだ。
「この花はダンシングフラワーで、魔力に反応すると踊りだす。
花自体にも魔力はあるんだが、微力なもので。人の魔力に合わせて動く。
踊ること以外にも動く法則があるのか観察したり、品種改良して他の動作をさせようとしたり、この花だけでも色々な研究機関があるよ。」
「へええ……!」
「まあそんな専門的は話はどうでもよくて、実際に君も水をあげてみない?」
「楽しそうです、やります!」
シエナは即答した。エストの講座は座学だけでなく実際に魔法を使わせてくれるのも楽しい。本当にいい教師だ。
「先日教えたから水魔法、できるだろ?」
「はい、やってみます!」
ダンシングフラワーに向かってシエナも手をかざす。チロチロとジョウロのような水が出た。上出来だろう、花は軽やかに踊りだした。
「かわいい。」
うっとりと眺めているシエナを見てエストは言った。
「そのダンシングフラワーは君にあげよう。」
「えっ、いいんですか。」
「うん。お土産になるかなと思って。君、王都に帰ってからも魔法を使いたいって言ってたし。」
エストの言葉を聞いたシエナが嬉しく思うのと同時にジョウロのように出ていた水が、突然噴水のように湧き出した。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「シエナ、魔法を止めて!」
エストが叫ぶが、その言葉の直後、噴水は破裂した。
「わわわ!」
「わあああっ!」
2人が大きく叫んでようやく水はとまった。が、庭は嵐がきたあとのように水浸しだ。
「すごい暴走したな、魔力。」
「ええ、でもお花は無事です、よかった。」
咄嗟にシエナが守ったから、花は水力に押しつぶされることはなかった。もちろんシエナはひどい雨に打たれたように全身グッショリしている。
エストを見るともちろんずぶ濡れだった。
「授業を続けるのは無理そうだな。」
「そうですね、ごめんなさい。」
「君といると予想外のことばかりだ。」
ずぶ濡れなのにエストは気にしていない。どうして今魔力が暴走したんだろうか、なんてブツブツ言っている。
魔力の暴走、シエナは思い当たることがある。
エストがダンシングフラワーを取り寄せてくれたことが嬉しかった。
魔法具の開発のために取り寄せたと言ったけど、お土産と口走った。……どう考えてもシエナのために取り寄せてくれている。
そして、花を取り寄せてくれた理由も嬉しかった。
せっかく魔法を覚えても王都に帰ったら魔法を使う機会がなさそうだ、使用人が全てやってくれるもの、とぼやいていたことを覚えていてくれたんだ。
これから先の未来、魔法を使う意味を、持たせてくれる。
エストはいつもシエナの嬉しいこと、楽しいことを見つけてくれる。
未来の嬉しい、まで作ってくれた。
エストの言葉で胸がいっぱいになって、溢れた気持ちが魔力となって湧き出てしまった。
そして……初めてエストが名前を呼んでくれた。
非常事態だったから、咄嗟に名前を呼んだだけだ。
それでも気持ちの噴水が爆発してしまうほど、嬉しかったのだ。
これが恋でないのなら、他に説明はつかない。
あふれ出した魔力はすべて、エストへの恋心だった。
「授業を中断してしまったから……昼ごはん一緒に庭で食べるか?」
楽しい提案に、また気持ちが広がっていく。シエナは笑顔でうなずいた。
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家から少し離れた原っぱで2人は昼食を取っていた。辺りはなにもなく小さな花が咲くだけの原っぱだ。――庭は水浸しでとても座れる状態ではなかったのだ。
使用人が簡単なお弁当を持たせてくれて、家から5分ほどの場所へ散歩して、サンドイッチを食べる。
ただそれだけのことだけど、「ピクニックだわ!」とシエナが大喜びするので、なんでもないことがまた特別になった。
持ってきた布を敷いて隣に座っていると、思っていたよりもシエナの距離は近い。
「風呂に入った?」
「ええ、ダンシングフラワーを抱えていたままだったので、ドロドロになってしまっていて。」
「気づいたらいつも泥だらけだな、君は。」
内心ドギマギしていたエストは悟られないように、からかうように言った。
風呂上りのシエナからは石鹸の香りがする。
貴族の香水や化粧の匂いをどうにも受け付けないから、女性の近くにいるのは苦手だった。
思えば、シエナの隣にいることはごく自然と受け入れている。
今だってめんどくさいことをしている。
研究に集中したいときは自室にこもってサンドイッチをお願いするのに、ピクニックに行きたいからサンドイッチを作って、だって?
いつものペースが崩されているのを感じるが、彼女と共にいる時間を少なくするつもりはなかった。
……そう、彼女は観察対象だからね。魔力が暴走しがちな魔法生物だ。
誰にも咎められないのに心の中で言い訳をするエストに、そういえばとシエナが切り出した。
「魔法具についてなんですけど、私ほしいものを思いつきました。」
「おお!」
2人で魔法具を考えてみよう計画は、結局ほとんど進んでいなかった。
シエナもアイデアが浮かばなかったので、エストの研究の話を一方的に聞くばかりだった。
「私が王都に帰っても、エスト様と何か繋がっていられるものがほしくて。」
「えっ……君は恥ずかしいことを言うな。」
「すみません。でもあと1週間程だから、寂しくなってしまって。」
シエナは瞳を伏せた。そうだ、彼女がいることが日常になってしまったが終わりは近づいてきている。
すっかり忘れていたことにエストの胸もドキリとして身体が冷えた。
「ごめん、からかって。それでどんなものがいいの?」
「素人意見なんで、無理なら聞き流してください。
今エスト様、何をしているかなと思ったら、わかるようなものがいいです。
例えばエスト様が起きてたらランプが光るとか…。」
「それ知ってどうするんだ。」
「エスト様が起きてるなあと思います。」
「なんだそれ。」
冗談かと笑おうとしたが、シエナはひどく真面目な顔をしていた。
箱入り娘の彼女はまたカゴの中に戻るんだ、外と繋がっている感覚だけでもほしいのかもしれない。
「うーん、通信手段か。」
「日記のようなものを送ってもらえたらいいんですけどね。」
「俺の1日を知ってどうするんだ。」
「知りたいだけです。」
なんだそれ、とまた言いそうになったが、頭の隅でひらめくものがあった。
「一方的なものより、連絡取りあえる方がいいんじゃない?」
「手紙でもいいんですが、やはり届くまで距離がありますし。
手紙がすぐに届く転移魔法は難しいんでしょうか?」
「難しいな。以前その計画はあって、浮遊魔法と転移魔法を組み合わせて宅配サービスを思いついたんだが。
荷物が重くて浮遊魔法に限界があって…。いや待てよ。」
形あるものは重さがあって浮遊魔法でも転移魔法でも限界がある。
でも、言葉だけなら?
「魔法具を通して言葉を出力する。光のようなものにして。それを空間に浮遊させて、転移させれば……。
どんな風に出力して、どうやって光を運ぶかが問題になるけど……」
研究者モードになったエストにシエナはきょとんとしている。
「……?」
「手紙を魔法で送るんだ。手紙みたいな実際に手に取れるものではなく、文字だけを送る。
そうすれば手紙の郵送のように何日もかからない。
一瞬で届くというのは無理かもしれないけど、俺の1日を知りたいならその日のうちに届けられるくらいには。」
「本当ですか!?」
「実際にできるかは試してみないとわからないけどね。もしこれが君と俺だけでなく、国中の人が使えるようになればすごい発明になる!」
「すごいです!」
思わず立ち上がったエストにつられてシエナも立ち上がって拍手する。エストの話の半分は理解はできていない顔だが。
「君のアイデアはすごい!」
魔法具のことになると気持ちが昂ってしまうエストはそのままの勢いでシエナを抱きしめて喜んだ。
「おもしろいことになったぞ!すぐに開発しよう。」
「はい、よかったです。」
とシエナが答えてようやく自分の腕の中でシエナが真っ赤になっていることに気づいた。
シエナの潤んだ瞳がエストを見上げる。先ほどよりもシエナの香りが濃くなった。
「うわ、ごめん。」
離れてもシエナの熱と香りがまだ残っている。
いままで感じたことのない思いが、喉をぎゅっと閉めた。
「午後から早速計画書を作るとするよ。」
熱と香りを振り切って、彼はまた魔法具に没入することにした。
でないと喉が勝手に何かを叫びそうだったから。